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■堕ちた天使の舞う夜に:長良川広久さん作

第6章 ありがとう…いてくれてよかった

【2】

 空気が零下数十度にまで冷却されると、空気中の水蒸気は一瞬にして氷結し、目に見えるか見えないかというサイズの氷片となる。
 悪魔の放つ青白い輝きを受けた氷片が一斉にきらめき、魔法の起こす風に巻かれてその輝きの源へと飛んでいくさまは、この命がけの戦いの様相とは場違いにも思えるほど幻想的な美しさを伴っている。日本でも真冬の北海道などでまれに見られることがある、いわゆるダイヤモンドダストを伴って、無数の雹がマシンガンのように悪魔へと襲いかかった。
 しかし天使の笑みを浮かべる悪魔は、背中に大きく広げていた一対の翼を前に回して交差させ、ミジィの身体をその内側に抱きこむようにしてエレーヌの魔法をしっかりと防御する。
 氷の嵐が止むと同時に、青白く揺らぐ翼の幻影の向こうから《悪魔の銃》の銃口が突き出され、10体近い数の妖精が次々と勢い良く飛び出してくる。銃口の向きはエレーヌを狙っているように見えたが……実際にエレーヌへと飛んでいったのはそのうち2体だけだった。
 エレーヌが《悪魔の銃》の攻撃をロザリオの魔力で受け止めたときには、銃口を飛び出してからまるで誘導ミサイルのように大きく軌道を変えた多数の弾丸が、青白い光跡を曳いて北斗とセルヒオを追っていた。
「北斗さん、危ない!」
 向かって左方向へと走りながら、悪魔に向けてクルツを撃とうとしていた北斗の耳を、不意にエレーヌの声が打つ。だがその声に振り返るよりも早く、後方から強烈な衝撃を受けて大きくつんのめった。
 前のめりに土の地面に倒れながらもうまく前転受身を取り、何事かと片膝立ちで後方を振り返る――その視界を、青白く冷たい輝きが覆う。
「うおっ!?」
 目前に迫っていた妖精が、エレーヌの翡翠による防壁に激突し、バラバラに弾けて光の粒子に変わる。と同時に、北斗は再び爆風のような強い衝撃を浴び、尻餅をついて地面に打ち倒された。
 一発で魂を抜き取られることこそないが、やはりマジックアイテムで分け与えられた防壁では、エレーヌのように完全に攻撃を受け止めることはできないらしい。《悪魔の銃》から撃ち出された妖精がぶつかってくるたび、アメフト選手のタックルでも受けたかのような衝撃が襲ってくる。
 ほんのわずかに遅れて、同じ衝撃をセルヒオも受けていた。だが、エレーヌの声が届いてから着弾までに間があった分、セルヒオにはしっかりと足を踏ん張って衝撃を受け止める体勢を取る余裕があった。普段は眉一つ動かさない顔を苦痛に歪めながらも、地面に倒れることなく踏みとどまっている。
「このっ……何だ、これくらい!」
 セルヒオの様子を見た北斗は強く頭を振り、自らに喝を入れてすぐに立ち上がった。反射的に身体をかばった両腕には骨までしびれるような痛みが残っているが、そんなことに構っていられる状況ではない。
 それに、多少狙いがブレようが、的は十分すぎるくらいに大きいのだ。
 再び翼を緩やかに広げた悪魔は、攻撃に耐えたセルヒオを見下ろしている。ミジィの構える《悪魔の銃》の銃口は、エレーヌに向けられたままだ。
 両者の目が自分から離れた隙を見逃さず、北斗は右手を突き出して拳銃のようにクルツを構え、腰までありそうな長い髪を垂らした美しい悪魔の横顔を狙って引き金を引いた。
 パタタタッという軽い銃声が耳に届いたのと、ほぼ同時に。
『――ウアアァッ!?』
 それまでエレーヌの魔法以外には全く反応を示さなかった悪魔が――その表情に明らかな苦痛の色を見せ、背をのけぞらせた。
 歌うようにずっと続いていた妖精たちのささやき声が途切れ、奇妙なエコーのかかった悪魔のうめきがそれに取って代わる。
「これは……!?」
「効いた!」
 エレーヌとセルヒオが突然の異変に驚いて目を見張り、ミジィすら何事かと後ろを振り仰ぐ中、自分の撃った弾丸の効果を確信していた北斗はさらに立て続けに撃ち込む。
 北斗の銃撃を翼で受け止める悪魔だが、それでもエレーヌの魔法よりダメージが大きい様子だ。全身にまとう青白い輝きがやや薄れ、身体の輪郭も心なしかぼやけてきたように見える。銃弾そのものは実体を持たない悪魔の身体を素通りしているはずなのに、クルツの銃口がマズルフラッシュを噴くたびに、悪魔は苦悶の声を上げる。
 クルツに取り付けたマガジンの中に入っていたのは、ギルド特製の対霊戦闘用特殊弾。
 弾頭に鉛ではなく魔力吸収性の大きい銀を使用し、一個一個に邪霊を祓うための魔力を付与した弾丸だ。
 鉛と比べて密度が軽すぎるため、物理的な破壊力は通常弾よりも劣るが、この銀の弾丸があれば銃使いが不得手とする霊体の敵ともある程度渡り合えるようになる。
 北斗がこんな特殊かつ高価なものを持ってきていたのは、つい昨夜この工場跡で謎の霊体――《悪魔の銃》の弾丸である妖精――に襲われ、生命の危機に瀕した経験を考えてのことだった。もしあの時、懐にエレーヌのロザリオがなければ、あの霊体の精神攻撃に対抗する手段は何一つなく、そのまま命を落としていたかもしれないのだ。
《天使の銃》に関する交渉をする以上、再びあのような霊体が襲ってくる危険性は決して低くないと考えた北斗は、携行するクルツとグロックのマガジンのうち各1個ずつの中身を、あらかじめ銀の弾丸に替えておいたのだった。
 北斗の銃撃によって悪魔の体勢が崩れ、周囲を取り巻く妖精たちの動きも乱れた。そこへすかさずエレーヌの鋭い声。
『我、荒れ狂う空より雷雲の核を招かん!』
 詠唱によってエレーヌの手の上に現れたのは、テニスボールほどの白い光の球。ひっきりなしに小さなスパークを飛ばすそれは、ヴァンパイアの強大な魔力によって無理矢理球状に圧縮された電気エネルギーの塊だ。
 エレーヌが大きく右手を打ち振ると同時に、光球は目で追いきれないほどのスピードで悪魔に向かって飛翔し、命中と同時に弾けて強烈な雷撃を周囲の空間に撒き散らした。
 悪魔の輪郭が大きく揺らぎ、飛び散る雷撃に巻き込まれた妖精が悲鳴を上げる間もなく焼き落とされる。
「セルヒオ!」
 勝機と見た北斗が大声を上げて促したときには、既にセルヒオはミジィを挟んで北斗の反対側、エレーヌに向けられている《悪魔の銃》をほぼ真横から見る位置へ移動している。
 膝射姿勢を取ってM4A1を肩付けに構えたセルヒオは、ミジィの持つ《悪魔の銃》の銃身の根元をポイントして引き金を引いた。
 ――当たらない。
 銀の弾丸と雷撃魔法を連続で叩き込んでもなお、超音速のライフル弾が、わずか20メートル先のターゲットに命中しない!
「そんな!」
 エレーヌが赤銅色の瞳を見開き、信じられないといった表情で奥歯を噛む。ミジィと《悪魔の銃》本体を守る防御結界は、あれだけの攻撃を受けても破られていなかったのだ。
 姿勢を変えず立て続けに6発撃ったセルヒオだが、その全てが本来辿るべき弾道を外れて空を切り、あるいは地面に突き刺さる。そして7発目を撃とうとしたときには、大きな弧を描いて側面から襲ってきた妖精がセルヒオの長身を横ざまになぎ倒していた。
 美しい顔を憤怒に染めた悪魔が、ミジィと一緒に北斗の方へと振り返る。
 虚ろな薄笑いを貼りつけたまま、それまで片手で撃っていた《悪魔の銃》を両手で握り直すミジィ。同時にミジィの背後に浮かぶ悪魔が大きく翼を広げ、その内側から多数の妖精を空中へと放った。
 数十体にもなろうかという数の妖精が、北斗へ向けられた《悪魔の銃》の銃口へと一斉に集まり、融合して――先程上空に撃ち出したのと同様の、バスケットボールほどもあろうかというまばゆい光弾へと変化する。
 エレーヌが魔法でカットする間もない。一気に青白い光を強めた巨大な弾は、今度は水平に、まっすぐに目標めがけて撃ち出された。
《悪魔の銃》の弾丸である妖精たちは、それ自体が意志を持って軌道を修正し目標へと到達する。そして、一体がぶつかってきただけでもあれだけの衝撃を受ける妖精が数十体まとめて突っ込んできたら、いくらエレーヌのかけた防壁といえども段ボールのように突き破られてしまうことは想像に難くない。
「くそおおっ!」
 北斗は咄嗟の判断で、クルツを両手持ちして狙いを切り替え、迫り来る光弾に向かってありったけの残弾を放った。
 猛然と連射される銀の弾丸に削り取られて、青白い光弾は北斗に到達する寸前でバラバラに飛び散り、光の粒子となって消えた。
 だが――息つく間もなく、悪魔が大きく翼をはためかせ、再び無数の妖精を生み出す。
(……う、嘘だろ!? こいつには弾切れはないのか!?)
 全弾を撃ち尽くしたクルツを右手に握ったまま、北斗は愕然としてその悪夢のような光景を見上げた。
 再び銃口へと集まった妖精たちが、青白く冷たい光を放つ巨大な弾となって北斗を狙う。一時は聞こえなくなった妖精たちのささやくような笑い声が、一段とボリュームを増して北斗の耳を打った。
 しかし、確実な死をもたらす光が《悪魔の銃》から撃ち出された瞬間。
「――北斗さんっ!」
 エレーヌの小さな身体が、北斗の前に飛び出してきた。
 北斗をかばうように立ちはだかる修道服の背中は、逆光になってよく見えない。呪文書を閉じて、ロザリオのある辺りに左手をやり、右手を開いて前に伸ばした――と思った瞬間。
 青白い閃光が、視界いっぱいに弾けた。
「きゃああっ!」
「ぐうっ!」
 至近距離で炸裂する爆風に吹き飛ばされたエレーヌの身体が、すぐ後ろの北斗に激突する。
 自分自身も吹き飛ばされながらも、北斗は反射的にその細い身体を自分の胸にしっかりと抱き込んだ。肉体的には自分よりはるかにか弱い想い人を、直後に叩きつけられるであろう地面の衝撃から守るために。
「――がふッ!?」
 はたして一瞬の後、固い地面とエレーヌの身体とに挟まれた胸部が強く圧迫され、肺から強制的に空気が絞り出される。それでも爆発の勢いは殺しきれず、二人はそのまま土煙を上げながら数メートルも地面を転がった。
「く、はっ……エ、エレーヌ、さん……大丈夫、ですか?」
「ほ、北斗さん!? しっかり!」
「ぐ……こ、このくらい……どうってこと……!」
 ろくに受身も取れず背中から落下したダメージは、普段から刑事として鍛錬を重ねている北斗ですら耐え難いものだった。かろうじて肋骨の骨折だけは免れたようだが、衝撃が肺まで突き抜け、呼吸を整えることすらままならない。視界が歪み、意識が朦朧とする中、エレーヌの手を借りて必死に身体を起こそうとする。
 目に涙を溜めて北斗に肩を貸そうとするエレーヌも、北斗同様少なからぬ傷を負っている。落下のダメージからは北斗が身を挺して守ったが、《悪魔の銃》の攻撃をあの不十分な体勢で受け止めるのは、いくらエレーヌでも無理というものだった。修道服はあちこちが焼け焦げたり切り裂かれたりしてボロボロになっており、額や手には細い血の筋が伝っている。
 数秒前まで二人が立っていた場所には、赤茶けた鉄塊と変わり果てたクルツと、真っ黒い錆を吹いて二つに折れたロザリオが転がっていた。
 そして痛烈なダメージから立ち直る間も与えず、さらにミジィは壊れた笑みで二人を見つめて《悪魔の銃》を向ける。
 銃口にはまたしても、殺意に満ちた輝きをまとう巨大な光弾!
「エ、エレーヌさんっ!」
『わ、我、荒れ狂う空より……雷雲の核を招かん!』
 すぐそばの地面に転がっていた呪文書が、エレーヌの意志に呼応して自らページを開く。唇についた血を拭う暇もなく、膝をついたまま必死の形相で呪文を詠唱するエレーヌの手元に、雷撃の球が再び出現し、《悪魔の銃》の青白い光弾と空中で激突した。
 閃光と爆風が再度吹き荒れ、土埃にまみれたエレーヌの金色の髪を激しくなびかせる。が、身体が吹き飛ばされるほどではない。ミジィの攻撃を阻止することにはどうにか成功していた。
 ようやくまともに呼吸ができるようになった北斗が、最後の武器となったグロック17を抜いて右手に構える。残された銀の弾丸は1マガジン分、たったの17発。この強大すぎる敵を相手取るには、あまりにも心もとない数だ。
 攻撃を相殺されたためか、悪魔はそれ以上妖精を生み出すことはせず、緩やかに翼をはためかせながら二人を見下ろしていた。
「くそっ……エレーヌさん、いったいどうすれば……!?」
 悪魔と妖精たちの放つ邪気が、どうしようもない絶望感を伴って重くのしかかってくる中、北斗はすがるような声で傍らのエレーヌに尋ねる。
 だがそれに答えるエレーヌの声は、まだ凛とした意志を失っていない。呪文書を拾ってゆっくりと立ち上がり、口元ににじんだ血を拭って、赤銅色の瞳でキッと悪魔を見据える。
「北斗さんは私のそばに。準備さえできていれば、《悪魔の銃》の攻撃を防ぐことだけはできますわ。
 それにしても、あの女性の周囲に張り巡らされている結界……本当に厄介ですわね。あれが残っているうちは、《悪魔の銃》を宿主から引き離すことはできませんわ」
「破る方法はないんですか!? 銀の弾丸でも、エレーヌさんの魔法でもダメなんじゃ……!」
「ジェニファーほどの達人ならば、最後の手段として宿主ごと魔法に巻き込んで《悪魔の銃》を破壊してしまうという方法も有り得ますが……私の魔力では、あの悪魔の防御を破るのは難しいと思いますわ。
 こうした結界を解除するのであれば、攻撃魔法よりも聖水を浴びせる方が効果的なのですが……近寄れば《悪魔の銃》の攻撃を防ぎきれなくなりますし、魔法で瓶ごと飛ばしても軌道を逸らされたら……」
 悔しげに眉根を寄せるエレーヌを横目に、北斗は何か突破口はないものかと周囲に視線を走らせる。
 悪魔の向こう側で倒れていたはずのセルヒオの姿が、どこにも見えない。恐らく、悪魔の注意がこちらに向いている間に、工場跡の瓦礫の中に身を潜めたのだろう。セルヒオの腕とM4A1の命中精度なら、防御結界さえなければそこからでもミジィの持つ《悪魔の銃》を弾き飛ばすのは容易いはずだから、攻撃を避けながらタイミングをうかがっているに違いない。
 そしてもう一つ目に止まったのは、地面に転がる細長い鉄の塊――エンジェルがミジィに詰め寄る前に無造作に放り捨てた、ベネリM3スーパー90。あれだけの猛攻の中にあっても錆び付いてはおらず、悪魔のまとう青白い燐光に照らされて鈍く光っている。
 聖水、魔法、伏兵、ショットガン……いくつものキーワードを頭の中で素早く組み上げた北斗が、油断なくグロックを構えて悪魔を牽制しながら、エレーヌに小さく耳打ちをする。
「……で……に紛れ込ませて……そこで俺が……」
 一通りの内容を聞いたエレーヌの反応は、不安と疑問が半々の表情。
「できそうですか、エレーヌさん?」
「私は大丈夫ですが、それではチャンスが一度しか……」
 不確定要素が大きい戦い方、いわゆる博打を好まないエレーヌからすると、北斗の作戦はあまり褒められたものではなかったが……いずれにせよ、このまま防御に徹していても事態が打開できないことは明白だ。《悪魔の銃》の弾丸は無尽蔵に補給されるのだから、エレーヌの魔力が尽きてしまったら、間違いなく3人の命運もそこで尽きるだろう。
「……わかりました。頼みますわよ、北斗さん」
 深く息を吸い込んで、エレーヌは再度呪文書を開く。
『我、大地と空の境に石の雨を招かん!』
 詠唱が周囲の暗闇に吸い込まれると同時に、北斗たちから見て右方向にある工場跡の瓦礫の山が、ガラガラと大きな音を立てて鳴動し始めた。
 コンクリート片や赤錆びた鉄骨、割れて尖った壁材など、瓦礫の山から次々と空中に浮かび上がったものが、ミジィのほぼ真上まで飛んできては勢いよく落下する。超能力者の得意とする念動力に近い効果を持つ、間接的な攻撃魔法だ。
 危険極まりない瓦礫の雨の中、しかしミジィは小馬鹿にしたような笑みを見せながら一歩も動くことなく突っ立っている。美しい悪魔の身体を通り抜けた瓦礫は、一個たりともミジィに当たることなく、虚しく周囲の地面を抉るだけだ。
 エレーヌはさらに大量の瓦礫を呼び寄せミジィの頭上に滞空させると、ひとかたまりにして一気に落下させた。だが魔力で固めた大きな瓦礫も、落下の途中で細かく分かれてしまい、ミジィを中心にしてドーナツ状に降り注ぐ。
 ――それこそが、エレーヌの狙いだった。
(今だ!)
 悪魔とミジィの視界が瓦礫の雨によって塞がれた一瞬を衝いて、エレーヌは懐から取り出した聖水の瓶を上空へ飛ばした。
 同時に地面を蹴った北斗が、ベネリを拾い上げざま銃身下部のスライドポンプを引き、腰溜めに構える。
 強烈な反動と共に撃ち出されたマグナム・バックショットが、クリスタルガラスの瓶を粉々に砕き――。
『ッ! キイィアアアァァァッッ!!』
 ミジィと悪魔の真上から降りかかった聖水は、劇的なまでの効果をもたらした。
 それまで余裕を見せ付けていた悪魔の姿が、甲高い絶叫を残して大きく揺らぐ。青白い燐光が急速に薄れ、ついにはその姿自体が暗闇に溶け込むかのようにフッとかき消えた。悪魔の周囲に舞っていた数十体の妖精も、同時に一体残らず消え失せる。
 その下ではミジィが、強酸でも浴びせ掛けられたかのように激しく身悶え、細い背をのけぞらせていた。
 苦痛に耐え切れず大きく振り回した右腕が、ミジィの頭より高い位置に来た瞬間。
 小さな火花を上げた《悪魔の銃》が、短い金属音を伴って空中へと弾き飛ばされる。
 細い硝煙を上げるM4A1を肩付けに構えたセルヒオが、身を隠していた瓦礫の中から立ち上がってきた。
 くるくると回りながら放物線を描く《悪魔の銃》が――唐突に、その動きを止める。
 空中で。
 半透明の細い手に掴み取られて。
「なにっ!?」
 消えたはずの悪魔が忽然と現れ、自らの右手に《悪魔の銃》を握っている!
「まさか!? いけない!」
 エレーヌが魔法を唱えようとしたときには、銃口から飛び出した妖精は青白い光跡を曳いてまっすぐに宙を走り――
「ミジィーーっ!」
 ――自らが操っていた宿主であるはずの女の魂を、その身体からいとも容易く奪い去っていた。
 セルヒオの絶叫が消えるより早く、大きな円軌道を取って主の元に戻った妖精は、その腕に抱えた黄金色の球ごと悪魔の胸元に吸い込まれた。
 ミジィの膝がかくんと折れて地面につき、身体がそのまま前方に傾く。身体を腕でかばうこともなく、まるで棒が倒れるように。白い顔からは既に一切の表情が失われ、瞳孔は焦点を失って散大していた。
 トサッという異様に軽い音を残して、ミジィが倒れ伏す。
 同時に、悪魔のまとう青白い燐光が、直視できないほどに強まった。
 まばゆい光の塊となった悪魔が後方を振り向き――瓦礫の山の中に孤立したセルヒオを見つけるや否や、覆い被さるように宙を滑って迫る。
「こんなことが……《悪魔の銃》が自ら引き金を引いて、宿主を捨てるなんて……!」
 腕で目をかばいながら言ったエレーヌの表情が、次の瞬間、戦慄に凍りついた。
「……まさか、セルヒオを新たな宿主に!?」
「なんですって!?」
 北斗が目を剥いたときには既に、青白い光の塊は完全にセルヒオを飲み込んでいた。

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