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■堕ちた天使の舞う夜に:長良川広久さん作

第3章 私のことは忘れてくれたら嬉しい

【3】

 黒曜石のような瞳をやや伏せ気味にして、ジェニファーは時折ハーブティーを口にしながら淡々と語る。
「セルヒオがギルドメンバーになってからわずか1年の間に、『ファントム』の悪名は都内全域のギルドに広まっていたわ。
 その戦い方は冷酷にして残虐。仲間のメンバーとの連携なんかそっちのけで、とにかく敵を片っ端から殺して回る。人間だけは殺さなかったけど、人間以外の生物や魔物に対しては一切の容赦をせず、偵察だけと言われていても目に入ったものは平気で撃つ。周囲の建造物に余計な被害を与えることも日常茶飯事。
 そんな調子だったから、最初に属したギルドからはすぐに叩き出され、途中からはフリーランサーとして、特に危険な任務ばかりに赴いていたそうよ。
 はっきり言ってしまえば、ギルド全体としてもその存在を持て余してて、とっとと戦死してほしかったんでしょうけど……何しろ彼にはメキシコ首都警察の特殊部隊という強力なベースがあったから、ギルドメンバーとしての実力も相当に高かったの。Gカードを受け取って1年のルーキーとはとても思えないほどにね。
 こういうのを日本では『憎まれっ子世にはばかる』って言うんだったかしら? とにかく、どんな危険な任務を押し付けられても、そのたびに見事解決して帰ってくるのよ。解決といっても、普通のギルドメンバーみたいにスマートなやり方ではなかったけどね。
 セルヒオはその心に魔物へのすさまじい憎悪を宿して、無表情のまま虐殺――そう、退治ではなくて、虐殺を続けていたわ。
 そして、その憎悪や怒り、哀しみや絶望……強烈な負の感情が災いして、逆に魔物につけ込まれることになったの」
「つけ込まれる?」
「そう。ある時、悪の道に走った魔道士が、東京に漂う無数の亡霊を召喚して大混乱を起こそうとしたことがあってね。
 大震災やら戦災やらで、東京って過去に何度か数万人規模の死人が出てるから、やろうと思えばできないことじゃないのよ。
 で、エレーヌを含む魔法系ギルドのメンバーがパーティを組んで、召喚され融合を繰り返した強力な亡霊を祓うために出動したの。ただ攻撃するだけじゃ、一点に集まった亡霊の妄執や悪意はなかなか打ち消せないから、魔法的な手段を用いて浄化する必要があるのよ。私ももしもの時のために、バックアップ要員としてついていったわけ。
 だけどセルヒオは、その魔道士が危険な存在だと聞きつけて、単独で狩りに向かったわ。――腕に自信があったからではなくて、味方を味方とも思わない『ファントム』にはもう誰も協力してくれなかったからだけどね。
 制止も聞かず先走ったセルヒオは、亡霊の融合体には目もくれず突撃して、首尾よく魔道士を仕留めた。するとどうなると思う、北斗さん?」
「……制御を失った亡霊が、見境なく周囲を襲って……まさか」
 衝撃的な結論に、ハッと顔を上げる北斗。ジェニファーは苦々しげに唇を引き結んで小さくうなずく。
「そう、そのまさかよ。亡霊は本質的に命ある者を激しく憎み、自分の仲間を増やそうという妄執に突き動かされる。
 魔道士の命令がなくなって、亡霊の融合体が本能的に取った行動は――強力な戦闘能力を持つ肉体に憑依し、生者を皆殺しにすることだったのよ。
 セルヒオは対人・対生物の物理戦闘には長けていても、霊的・魔術的な防御能力は限りなくゼロに近いわ。
 強い精神力があれば、魔法防御の方法を知らなくても憑依を撥ね退けられることもあるんだけど……セルヒオが常に抱いていた殺意や憎悪はむしろ、命ある者全てを憎む亡霊の在り方に非常に近いものだった。
 結果として、簡単に精神を乗っ取られたセルヒオは、そうした負の感情を強制的に増幅させられて、元の亡霊よりはるかに凶悪で危険なバーサーカーと化したの。
 亡霊のままだったら、少なくともショットガンやらアサルトライフルやらをそこら中にばら撒いたりはしないものね」
 あくまでも淡々と語るジェニファーの言葉通りに光景を想像した北斗は、思わずゴクリと唾を飲み込んでいた。
 セルヒオと共同戦線を張った経験はまだ2回しかないが、それでもその銃さばきや体術が並のレベルではないことは見て取れる。それが亡霊に憑依され、重火器を振り回して無差別に人々を襲うとしたら――。
 思い出したくもないといわんばかりにギュッと目をつぶり、ロザリオを握りしめているエレーヌ。
 その様子をチラリと横目で見ながら、ジェニファーはなおも淡々と続けた。
「銃と比べると、魔法は呪文書と詠唱が必要な分、どうしても瞬間的な攻撃速度に劣るわ。
 手慣れたメンバーが数人がかりで立ち向かっても、セルヒオに憑依した亡霊を浄化する余裕はなかったわ。詠唱が完成する前にアサルトライフルでなぎ払われて、たちまち戦闘不能に陥って……とうとう、無傷なのはエレーヌ一人だけという状況になったの。
 後方からその様子を見ていた私は、もはや亡霊だけを浄化するのは現実的に不可能だと見て、セルヒオの肉体ごと亡霊を焼き払う大型の火炎系魔法の詠唱に入ったの。ギルドマスター級のメンバーはなるべく現場に介入しないのがギルドの掟だけど、もしその時のセルヒオを取り逃がしたら、その先どれほどの被害が出るか想像もつかなかったから。
 ……でも、エレーヌは私にその魔法を使わせなかったわ。
 この子は呪文書を全部その場に捨てて、丸腰になってセルヒオに呼びかけたの。
 どうか憎しみに呑み込まれないで、自分の中の弱さに背を向けないで、人としての優しさを取り戻して――とね」
「ええっ!?」
 北斗は全く予想もしていなかった展開に目を丸くして、エレーヌとジェニファーをかわるがわる凝視した。
 とてもではないが、自分の発想ではそんなことはできない。刑事というものは、銃を向けられれば正当防衛で撃ち返すのが法的な権利として認められているのだから。普通に考えれば、あまりの無謀さに呆れかえるところだ。
 しかし、エレーヌの性格をよく知っている北斗には、その行動を単純に無謀と断じることはできなかった。
 通り名の「シスター」が示すように、人並み外れて厚い信仰心と優しい慈愛の心を持つ彼女にとっては、たとえ自らの命を危険に晒してでも闇に堕ちようとしているセルヒオの魂を救い上げることが、自分の為すべき使命だと感じられたのだろう。
 理解はできる。――自分ではそんなことはしないだろうが。
「……セルヒオがエレーヌさんを避けているのは、そんなことがあったからなんですね」
「まだ話は終わってないわよ? それでセルヒオが目を覚ましてめでたしめでたし、なんて話だったら、こんなにシリアスには話さないわ」
 確かめるように口にした言葉を強い調子で遮られ、北斗は顔を上げて不安げにジェニファーを見つめる。
「じゃあ、それからどうなったんです?」
「必然の結果を招いたのよ。エレーヌは10メートル足らずの至近距離からショットガンの散弾を浴びた」
 ジェニファーの言葉が鼓膜に到達し、その意味を脳が理解した瞬間。
「――なんだって!?」
 北斗は反射的に、力いっぱいバンと机を叩いて立ち上がっていた。
「セルヒオ……あの男はっ……!」
「だから言ったでしょう、今から頭にくること言うから心の準備をしておいてって。
 ここで怒っても仕方のないことなのだから、落ち着いて。あなたの気持ちはよくわかるけど、これは過去のことなのよ」
 爪が食い込むほど両の拳を握り、ギリギリと奥歯を噛みしめる北斗に、ジェニファーはあくまでもクールに言い聞かせる。
 そのとき、今まで目を閉じて顔をそむけていたエレーヌが、その透き通るような瞳で北斗をじっと見上げた。
「……ジェニファーの言う通りですわ、北斗さん。落ち着いて、最後まで事の顛末を聞いてはいただけませんか」
 撃たれた当の本人にそうまで言われては、北斗も怒りを引っ込めざるを得ない。食いしばった歯の隙間から、大きな息と共に怒りを吐き出すと、努めて冷静になるよう自分に言い聞かせながら椅子に座り直した。
「……すみません、ジェニファーさん。続けて下さい」
「狭い店なんだから、暴れないでよ? ――大丈夫そうね、なら続けるわよ。
 正面から全身に散弾を浴びて、エレーヌは血まみれになってその場に倒れたわ。けれどこの子は、それでもあきらめなかった。
 とても立ち上がれないほどのダメージを負いながら、この子はそれでもセルヒオに手を差し伸べたの。――まだ銃身の熱いショットガンを手に、止めを刺そうと近寄ってきたセルヒオにね。
 すると突然、セルヒオの様子が変わったわ。銃を取り落とし、頭を抱えて絶叫するセルヒオの身体から、憑依していた亡霊融合体が飛び出してきたのよ。
 そう、さっきも言ったように、自身の精神力で憑依を破ったの。
 文字通り命をかけて呼びかけたエレーヌの声が、セルヒオの精神にほんのわずかに残された正気に届いたのね。
 飛び出してきた亡霊は、私が丸ごと焼き尽くして、跡形もなく消滅させたわ。依頼そのものはそれで一件落着。
 ……だけど、セルヒオの狂乱はそれでも止まらなかったわ」
 身を乗り出すようにして話に聞き入る北斗の視線を受け止めながら、ジェニファーはフッと小さくため息をついた。
「なまじ正気を取り戻したばかりに、彼は気づいてしまった。
 亡霊に取り憑かれたとはいえ、自分がかつて婚約者を殺した魔獣と同じように、無差別の殺戮を行おうとしていたことに。
 そして、それを止めようと必死に手を差し伸べた女性にまで、自らの手で銃を向けてしまったことにね。
 もともと婚約者の死という癒えない強烈なトラウマを抱えていた彼の心は、追い討ちをかけるように巨大な罪悪感に押し潰されたわ。
 彼は何度も何度も地面を拳で叩き、頭を打ちつけて狂ったように叫び……ついには腰のホルスターに差していた拳銃で、自分の頭を撃ち抜こうとしたの。
 亡霊に対して使った魔法で魔力が切れかかっていた私には、咄嗟にそれを止める余力がなかった。
 止めたのは――やっぱりエレーヌだったわ」
「え!? だって、そのときエレーヌさんは――」
「そう、大量出血で身動きできない状態だったわ。だから、エレキニードルの魔法を撃ち込んで強引に気絶させたのよ。魔法を放つだけなら、地面にひっくり返ったままでも可能だもの。
 そんな状態で魔法を使ったものだから、その一発を放った直後にエレーヌも意識を失ったわ。
 それから集中治療室に丸2日、入院3週間。出血が多かったから、この子に適合する血液をかき集めるのは苦労したわよ。
 そんな状態でも、セルヒオを死なせてはならないという一心で魔法を使った――本当に最後の最後まで、この子はセルヒオを、闇に堕ちた魂を救うことしか考えてなかったのね」
 そこでようやく、ジェニファーの妖艶な美貌にわずかながら微笑みが戻る。
「入院してる間も、この子は私に何度となく言ったわ。
 セルヒオを孤独の中に置いていてはまたこんなことが起こる、だから誰かが彼を受け入れて、人との絆をつないでやらなくてはいけない、とね。
 この子とは長い付き合いだし、人を見る目の確かさもよく知ってるわ。だから、どこのギルドにも受け入れ先のなかったセルヒオに新しくGカードを発給して、この『クレール・ドゥ・リュヌ』に所属させることにしたの。
 もちろんセルヒオの戦闘手段は銃だから、実際には『ロングワインディングロード』のような銃器系ギルドに入り浸りで、ここの所属というのは名目上のことだけになっているけど……それでも、私が身柄を預かるメンバーであることに変わりはないわ」
 ジェニファーはすっかりぬるくなったハーブティーを飲み干すと、余裕ある大人の微笑みを取り戻して付け加えた。
「さ、これで私の話はおしまい。今後ともうちの子たちをよろしくお願いね、北斗さん」
 エレーヌと北斗のカップを回収し、ジェニファーは再びカーテンの奥へと姿を消した。
 ――しばらくは、どちらも口を開かなかった。
 北斗は複雑な表情をして腕を組んだまま、ジェニファーの語った内容を頭の中で反芻していた。
 じっと考え込む北斗に、エレーヌはやや遠慮がちに言葉をかける。
「……セルヒオが『ファントム』と呼ばれた過去に触れられるのを嫌がる理由が、おわかりになったでしょう?
 彼は、私を撃ったということに強い罪悪感を受けているのです。私は罪を問うつもりなどないのですから、あまり気にされるより、もう過去のことなど忘れてくれた方がいいのですが……。
 この事件を境に、セルヒオは無差別的な虐殺をやめ、可能な限り犠牲や被害を出さず隠密に事件を解決するというギルドのセオリーを、ある程度は守るようになりました。
 ですが今でも、セルヒオは極端なまでに他人との関係を断っています。
 婚約者を失ってから5年経ってもまだ、彼が心に負った傷は癒えていないということですわ。
 それは即ち、心の奥底に魔物への消えない憎悪を残しているということ……。
 彼が〈天使の銃〉を追い続ける心理の裏には、恐らくその憎悪があるのでしょう。彼自身は気づいていないのかも知れませんが」
 そう言いながら北斗を見つめるエレーヌの瞳には、隠しようのない不安の色がにじんでいた。
「強力すぎる力というものは、それ自身に意志があろうとなかろうと、存在自体が人の心を狂わせる原因になり得ますわ。
 己の正義を貫く者に力を与えるという〈天使の銃〉を追い続けるうちに、何らかの原因で無意識領域に眠るトラウマと憎悪が目覚めさせられてしまったら……彼の魂はまた闇に堕ち、全てを虐殺する『ファントム』に戻ってしまうのではないかと、心配で……。
 北斗さん、彼と直接の関係のないあなたに頼むのは筋が違うかも知れませんが……セルヒオの行動に注意していて下さいませんか?
 もし何かおかしな様子があったら、多少手荒な方法でも構いません、彼を止めていただきたいのです」
 胸元のロザリオを片手で握りしめたまま、エレーヌは切々と訴えかける。
 彼女にそれほど心配されているセルヒオに対して、ほんの少し嫉妬を覚えなくもない北斗だったが、エレーヌからの頼みを断る理由などどこにもなかった。
「わかりました。……これだけの話を聞いて、他人のふりはできませんからね」
「ありがとうございます、お願いしますわね。――あら、もうこんな時間なの?」
 何気なく首をめぐらせて時計を見たエレーヌがつぶやく。もう終電の時間が近くなっていた。
「エレーヌさん、一緒に行けるところまででしたら俺が送りますけど」
「お気持ちは嬉しいですわ。けれど私、今日はここに泊まり込みになりそうなんです。最近、パワーストーンやタリスマンの製作依頼が急に増えて、ジェニファーひとりでは追いつかないものですから」
「うわ……実戦に出るだけじゃなくて、製作もされてるんですか? 大変ですね」
 呪文書や装身具を扱うギルドといえば、占い師・天羽華彩音(あもう・かさね)がマスターを務める『夢幻堂』が都内最大手。しかしこの『クレール・ドゥ・リュヌ』も、規模では劣るものの品質では引けを取らないと、エレーヌは以前語っていた。
 もちろん北斗は自分の使う銃を作ったことなどないため、製作や流通の苦労は想像するしかないが、それでも相当に忙しそうなのは簡単に予想できる。しかしエレーヌは、疲れたような態度など微塵も見せずにこりと笑った。
「必要とされているものですから、一日も早くご希望の方に届けたいですもの。大変だとは思いませんわ」
 献身の美学ここにありと言うべきか。さすがは「シスター」の名を持つだけあると、今更ながらに北斗は感心する。
 と、エレーヌがおもむろに首の後ろに両手を回し、ロザリオの鎖の留め金を外した。
「北斗さん、1分だけ時間をいただけます?」
「えっ? ええ、別に構いませんけど……?」
 何をするつもりかと、きょとんとしながら見つめる北斗の前で、エレーヌはひとつ深く息を吸い込み、軽く瞳を閉じた。ロザリオを包み込むように持った両手を、そっと胸元に当てる。
 ――北斗が今まで耳にしたことのない韻律が、静かなクラシック音楽のように、エレーヌの形良い唇から流れ出てきた。
 何かの言葉、あるいは呪文とおぼしき音を紡ぎ出しながら、エレーヌはゆっくりと瞳を開く。
 澄み切った泉のようなアイスブルーの瞳が、その色彩を完全に変えていた。
 丁寧に磨き上げた錆ひとつない赤銅に黄金の箔を散らしたような、人間には決してあり得ない――そしてそれゆえに神秘的でまばゆい美しさを宿す色に。
 エレーヌの身体には、ヨーロッパの伝統ある魔族、ヴァンパイアの血脈が受け継がれている。人間の血を4分の3ほど受け、夜の貴族と恐れられるヴァンパイアの強大な魔力は薄められているものの、それでも常人にはない闇の魔力をエネルギー源とする彼女の魔法は、並のメンバーなど問題にならない威力を持つ。
 その闇の魔力を活性化させて魔法を使用する際、エレーヌの瞳は色を変える。赤銅色ともオレンジ色とも金色ともつかない、不思議な揺らぎを持つ色へ。それはヴァンパイアが本来持つといわれる、視線による魅了の力と何らかの関連があるのかも知れない。
 北斗がそのエレーヌのきらめく瞳に魅入っているうち、彼女が奏でる心地良い韻律は空気に溶け込むように止んだ。ゆっくりとまばたきし、北斗に微笑みかけた時には、もういつものアイスブルーの瞳に戻っている。
「――お待たせしました、北斗さん」
「あの……今のは?」
「ロザリオに魔力を込めていたのです。よろしければ持って行って下さい。送っていくと言っていただいたお気持ちのお礼ですわ」
「え!? でも……その、俺がもらっちゃって、いいんですか?」
 もちろん、内心は飛び上がるほど嬉しかった。しかし北斗も30過ぎた大人なことだし、そのロザリオがエレーヌの愛用品だと知っているだけに、簡単にもらっていいのかと考えるくらいの分別はある。
 しかしエレーヌは、ためらう北斗の手を取って、まだ体温の残るロザリオをそっと手の上に載せた。
「ええ、是非。銃を持ったマフィアが相手ではあまりお役には立ちませんが、邪霊の類や悪しき魔法の力と相対しなければならないときには、多少の足しになるかと思いますわ」
「エレーヌさん……ありがとう。大事にします」
 はからずも互いの手を取り合う形になっていることに気づき、どんどん加速していく鼓動を自覚しながら、北斗は大きくうなずいた。

「とはいえ……浮かれてる場合じゃないか」
 その後何事もなく――ジェニファーが奥にいる以上、事に及ぶわけにもいかなかったからだが――店を出た後、まだ雨の降り止まない帰りの夜道で、北斗は独り呟く。
 今一番気になっている〈天使の銃〉とエンジェルの行方に関しては、まだ何もつかめていない。その一方で、マフィアの動きは異常なまでに活発だ。
(刑事としてか、ギルドメンバーとしてか……次にエンジェルと接触できるのは、どっちの立場でかな)
 考え込む北斗のスーツの胸ポケットで、マナーモードにしてあった携帯が震えた。
「もしもし、大守です――セルヒオか。――何? エンジェルの妹だって? ……それで? ……」


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