■Report-33 聖夜<3>
次に気が付いたときには、俺は大守に身体を揺さぶられてた。 布団をひいたからコタツから出てそこで寝ろと言う事らしい。寝巻きは無理でもジャケットとネクタイぐらい外せとか言っていた。 コタツから出たくは無かったが、風邪をひいたら困るのは確かなので、渋々了承。そしたら、何故か大守は自分の分の布団まで持ってきやがった。 「部屋にちょっと色々と物をぶち込んだら、ちょっと寝るスペース無くてさ」 大守は、おなじみの困ったような笑ってごまかしているような苦笑いをした。彼女がくるんで、散らかってたものを全部押し入れならぬ寝室に放り込んだ、ということらしい。それで片付いていたのか。まー、彼女に見せられないモノも色々あるわな。 「……ドア、絶対開けるなよ」 「へいへい」 よっぽど酷い詰め方をしたのかね。別に俺にまで隠さなくてもいいのにな。でも、そんなことより俺は寝たかったから、適当に返事をしてそのまま布団に包まった。 それからどれくらい時間がたったのか。 ペタンペタンという音を聞いて、俺は目を開けた。わずかに人の気配を感じたような気もした。 そっと身体を起こして辺りを見渡すと、布団の頭がわに緑のスリッパが揃えて置かれていた。病院で使われたりするようなブツで、トイレのスリッパっぽい。大守の名前(北斗だ)とハートマークが描かれていた。……えと、誰の字だ、これ? まあ文字はともかくきっとたぶん、大守がトイレに行ってスリッパを履いたまま戻ってきたんだろう。人の気配もきっとそれだろう。まったく寝ぼけやがって。 再び布団に入ると、今度はかすかに鈴の音を聞いた。外からかと思ったが、どうも違うらしい。猫の首輪に鈴がついていたっけ?と思いながら、なんとなく、もう一度身体を起こした。件の猫は、大守の枕もとで丸くなって寝ていた。まだ音は聞こえた。耳を澄ませば、どうやら音は大守の寝室からみたいだ。他にも、かちゃかちゃとプラスチックが触れ合うような音も聞こえた。 空き巣か? だとすれば、飛んで火にいる夏の虫ってやつだ。たまに警察官舎と気付かずに空き巣に入ってみたり下着ドロをして捕まったりする奴がいるが、今日はそれこそ腕利きの刑事がいる家に侵入なんぞして運がない奴だ。 そっとドアに近付き、音を立てないようにノブを回した。ドアの隙間からでは中の様子を伺ったが、ガタガタ音がするわりには侵入者が明りを使っている様子はなかった。 思い切って明りをつけると同時に、俺は声を上げた。 「動くな!……あれ?」 照明が点いて明るい部屋の中は、物が散らかってこそいたが、人がいる様子は無かった。さっきまでの物音もしない。 俺はざっと大守の寝室を見渡した。 おかしな人形やらプラモデルやら、なんでフライパンがこんなところに転がっているんだか。大量の福袋って書いてある紙袋はいったいなんだ。正月はまだ先だぞ。……これ、どう見ても潜水服だよな? こっちのこれはコルト/ガバメントっぽいが、ってモデルガンか。おいおい、グリップに日活って書いてあるよ。 他にもピコピコハンマーとか野球のバットと球とか、他にも訳のわからんものが積んであるところもあったりして、なんだかバラエティショップの一角みたいな様相を成していた。 全部が全部奴の物じゃないとしても、こら、確かに彼女には見せられんよなぁ。 床に転がっていた人形の頭に鈴がついていて、さっきの鈴の音はこれだろう。きっと、積んであったものが崩れたんだな。 電気を消してドアを閉め、布団に戻ろうとしたその時、再び俺は音を聞いた。 また何かが崩れたのかと思ったが、リンリンて、あの鈴付きの人形は床に転がっていたんじゃ……? 更にはラジコンかなんかのキャタピラが回る音っぽいものや、小さな機械のモーター音みたいなのも聞こえる。 ツバを飲み込み、俺はもう一度ドアをそっと開けた。 「がッ!」 ドアを開けると同時に、額にでこピンを喰らったような衝撃を受けた。何が起こったのか良くわからないが、足元に何かが落ちた音がしたので、しゃがんでそれを拾ってみれば……ロボット(プラモデル)の腕っぽい。 なんでこんなものがとしゃがんだまま顔を上げると、そこには並んだ二つの小さな光点が。家電製品のONボタンの横についている緑のランプみたいな……でも形がガンダムの目っぽい? 目? 目ってなんのだよ! というか近付いてくるし! おまけにキャタピラの音もこっちに向かってくるように聞こえた。 何か猛烈なプレッシャーを感じて、いてもたってもじっとしていられなくなり、俺は部屋の電気をつけた。そうすればきっと、音の原因も何もかもがわかるはずと。 そしてそこで俺が見たのは、ドアの所に立っていた俺の方を向いている変な人形や玩具の群だった。 部屋が明るくなったことで、一瞬、その玩具の群は動きを止めたらしい。が、数秒もしないうちに、あろうことか俺の目の前で動き始めた。 片腕を失っているプラモデルのロボットは、まるでアニメのようなスムーズな動きで俺に歩み寄ってくるし、その仲間っぽい色違いやバリエーション違いのロボットも陣形を組んでこっちを向いている。てか、花柄のロボットってなんだよ。それよりどんな改造したらそんな滑らかに動くんだ。無茶だろ、それ! 一方、ラジコン戦車は大砲を俺のほうに向けて威嚇しているようだ。おかしな形をした頭に鈴をつけた人形は、リンリンと鈴を鳴らしながら俺の足元に来ると、こっちを観察するように見上げて首をかしげている。というか、なんだその生っぽい動きは。他にも年賀状のスタンプに出てきそうな土鈴っぽい形のぬいぐるみがぼよよんと音を立てて跳ねていた。 何か、俺、そこで叫んだような気がする。腰が抜けたっていうか。 しかも、ペタンぺタンとスリッパの音がして、大守が来たのかと慌てて横を見れば、スリッパだけが歩いてるんだよ? いやもう、俺、何を言ってたかわかんない。 この恐怖ったら、いかにもなオッサンやキレまくった若い奴の集団を相手にしたり、刃物を振り回している奴を取り押さえようとしたときだって正直言ってそれなりに恐いが、そんなん比じゃない。 てか、オバケだろコレ? ポルターガイスト? なんだって構わないが、とにかく大守を起こさなきゃいかんと向きを変えようとしたら、片腕の無いプラモデルが足にしがみつきやがった。 全身総毛立つってのはこのことか。歯はガチガチいうし、身体が言う事をきかないって経験も初めてだった。 とにかく必死で這って、大守を起こしに行ったね。奴ときたら、俺がこんな目にあっているのにのんきに寝てやがった。 「なんだ……今何時だよ?」 のっそりと身体を起こす大守に、無茶苦茶だと思いつつ俺はとにかく説明した。 そうしたら、さすがの奴もがばっと飛び起きて、慌てて部屋の様子を見て。 「うわ! お前、マジでドア開けちゃったのかよ!」 そ、そこじゃねーだろ! 「あっちゃ〜。まいったなぁ」 何がまいっただ。参っているのは俺だぞ。……てか、なんだ、その反応は? ぽかんとしている俺を尻目に、大守は動くプラモデルや超合金達をひょいっと拾うと、奴らが出てきた部屋にぽいっと放り入れた。そして、パタンとドアを閉めると、大守は大きくため息をついて、しばらくそのまま動きを止めた。その間の俺といったら、開いた口が塞がんないってやつか? 「えーと、なんだったんだ、今の?」 「お前は気にしなくていいよ。うちじゃ良くあることだし、実害はないから」 「実害無いって……だから今のはいったい」 「夜中に起こすようなことになっちまって悪かったな。ささ、気にせず寝てくれ」 「よくあることって言ってたよな? な?」 間。 「いいから寝ろ」 そこで俺は無理やり布団に突っ込まれた。しかし、寝ろと言われても、こんなことがあった後であっさり寝られるかよ。 しばしの間、俺はしつこく問いただしたが、大守には知らん顔された。 仕方ないので、布団に潜って目を瞑った。確かに、以降は物音は聞かなかった。 |