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■Report-33 聖夜<4>

 翌朝の目覚めは、俺の携帯の着メロだった。布団の中でいつもの所に手を伸ばしたが、無い。そういえば、寝るときに邪魔だからとベルトから携帯ケースを外していたのを忘れていた。
 寝ぼけ眼でどこから音がしているのか探していたら、大守の愛犬が器用に尻尾で取ってくれた。てか、携帯ストラップ、紐のところがボロボロじゃん……。
 電話は野本からだった。俺が外泊したので、ちゃんと出勤してくるかどうか気にしてたらしい(奴とは同じ寮なんだ)。いちいち几帳面な奴だ。というか、俺ってそんなにダメな奴っぽいのか? とりあえず大守んちにいるって事と、一度寮に寄るってことを伝えておいた。
 電話を切ったら、大守が朝飯が出来たと声をかけてきた。
 結局、あの後俺はいつしか寝てしまっていたらしい。自分の適当さ具合にちょっと呆れてみたりした。しかし、これくらいふてぶてしくなきゃ刑事なんてやってられないとも思う。でなきゃ、とっくに胃に穴開いてるよ。
 テーブルの上にはコーヒーとゆで卵とトーストだ。ちゃんと飯作ってんだなと思いつつ、こんなんで力でるのかね。やっぱ朝はゴハンと味噌汁だろ。とか言ったら、今日の朝飯はエレーヌさんが作ってくれるはずだったんだと。なんか材料は色々冷蔵庫に入っているらしいが、奴には彼女がそれをどうするつもりだったのか、いまいちわからんのだそうだ。へーへー、俺が悪うございましただ、くそう。
 おれはそれとして、飯を食いながら、俺は夕べの疑問を再び大守に投げかけた。
「ところでさ。昨日の夜のことなんだけど、あれ、なんだったんだ?」
「あれって?」
 コーヒーのマグを手に、大守は何それって顔をした。
「えーと、ほら、プラモとかが動いていたじゃん」
「……なんだそりゃ?」
 なんだよ、その呆れかえった顔は。
「ほら、お前の部屋にロボットのプラモとか戦車のラジコンとか置いてあるよな。あれ、夜中に動いていただろ?」
「あー、部屋見たんだ。見るなって言ったのに」
 色んな物があっただろと、大守は苦笑した。
「でもさ。確かに色々部屋にぶち込んであるけど、なんで動くんだよ。そもそも、戦車はともかくプラモは動くもんじゃないだろ? ひとりでに動くわけ無いじゃん。お前、変な夢でも見たんじゃないか? 昨日はかなり酔ってたみたいだし」
「へ?」
「そういや、お前、寝る前に頭打ったよな。打ち所悪かったってことないか?」
 おいおい、そりゃねーだろ。いや、確かに転んだときに頭は打ったが。
「俺、お前を起こしたよな?」
「いいや。そんなことあったか?」
「まじで?」
 しばしお互いの顔を見る。こいつ、結構顔に出る奴だと思っていたんだが、侮っていたか? いや、奴も伊達に刑事を10年近く続けるわけじゃあないってことか。簡単に動揺を顔にだすようなことはないだろう。……あるいは、本当のことを言っていたりしてな。そうだよなぁ。言葉だけだと、俺の言っていることの方が変だもんな。普通、玩具が勝手に動くってこと無いもんな。
 なんだか少し自信が無くなった。
「ありゃ、携帯ストラップやられちゃったか?」
 不意に大守が話題を変えて、俺の携帯のストラップがボロボロになっているのを見てすまなさそうな顔をした。奴の愛犬が紐状のものが大好きだという話は昨晩聞いていたし、さっき携帯で話をした時に俺も気付いてもいたが、貰い物でポイントは紐でなくてストラップについているマスコット(車を買ったときに貰ったという吉井がくれた二足歩行ロボットのマスコット付きだった)なんで、大して気にしてないんだが。俺、もともとそんなにこだわり無いし。携帯を買ったときについてくるグレーの紐だけでもかまわんと思ってるし。
「貰いものでよければ、代わりになりそうなものはあるけど、いる?」
 大守はそう言って、そのへんの棚の上にあったものを持ってきた。別に構わないんだが、せっかくなんで見せてもらった。
 有名なファミレスのオリジナル商品だった。さすがにプリンのマスコット(小さいのにリアルで美味そうだ)をつけて歩く気にはなれないぞ。だから、大守だって使ってなかったんだろうに。
 とりあえず、これは遠慮した。
「あ、そうだ。これこれ、クリスマスプレゼント」
 その次にぽいっと渡された小さな紙袋には、黒っぽい石が付いている携帯ストラップが入っていた。革の紐と指の先ぐらいの大きさの石が一つついている。地味だがセンスは悪くないし、これなら大して邪魔にもならない。
「エレーヌさんが佐々野さんにって。彼女の友達が占い師をやっててさ、開運の石を使って作ってくれるよう頼んだんだって。その彼女、雑誌とかで女の子に人気の有名な人でさ」
「ふうん。で、何で俺に?」
 俺、エレーヌさんと顔を合わせたのは数回しかないんだが。
「俺がエレーヌさんにお前のこと色々話したからかなぁ。昨日、お前と会うときに渡すように頼まれてたんだ。まあ、まさかクリスマスに本人がくるとは思ってなかったけどな」
 ……そんなに俺って運がなさそうなのか。というか、何をエレーヌさんに吹き込んだんだ、貴様は。
 だいたいにしておまじないとか開運グッズとか、女の子じゃあるまいし、こんなの携帯にぶらぶらつけて歩けるかってんだ。
「まー、どこまで開運の効果があるかはわかんないけどな。こういうのって縁起物みたいなもんだし、良いことがあったらめっけもんぐらいでいいんじゃないの。ここ外せるし、紐だけ携帯につけて、こっちは鍵にでもつけとけば」
 くそ。俺が考えていること口にするんじゃねぇよ。でもまあ、なんだかエレーヌさんには心配されているみたいだし、一応礼を伝えてくれとは言ったけど。
「お前は何かこういうの持ってんの?」
 こういうアイテムをセレクトするような彼女がいるんだし、大守も一つや二つ、それっぽいものを持ってるだろう。参考に聞いてみた。
「俺? 俺はエレーヌさん特製のロ――」
「わかったわかった。皆まで言わんでいい。聞いた俺が悪かった」
 すっかり忘れていたよ。彼女特製のロザリオがお守りだって、以前机並べていたときに確かに大守は言っていた。珍しいものを持っているから、それは何だと聞いたんだった。普通のアクセサリーとして売られているような十字架じゃなくて、鎖の部分からして作りの違う、本物っぽい形のものだったからな。
 とはいえ、クリスチャンでもあるまいし、なぁにがロザリオだってんだ。大守の奴、すっかりキャラクターが変わっちまいやがって。
 朝からその緩みまくった顔をなんとかしろ。
 まあ、人の幸せにいちいちケチをつけるのも何だかこっちが惨めなだけなんで、さすがにそろそろ止めにしとこうかとも思ったが。
 というか、俺達には朝からゆっくり話しをしている時間は正直無かった。
 大守は本庁勤務になって通勤時間がちょっと長くなったらしい。俺は俺で寮に寄って着替えにゃいかんのだ。
 結局二人してバタバタと準備をして家を出るハメになってしまった。

 寮に戻ると、何人かが声をかけてきた。
 人の外泊ぐらいで、ネタにするんじゃねぇっての。なんだよ、その酔っ払って路上で寝て交番にお世話になっていたんじゃないのかってのは。もうちょっとましなネタにはならんのかよ。
 とにかく部屋に戻ると急いで着替えようと、準備を始めた。
 携帯ホルダーをベッドに放り投げ、その時ふと思い出した。
 朝、携帯を持ってきてくれた奴んとこの犬、尻尾でこれ持ってなかったか……?
 犬って、普通しっぽで物を持てないよな? というか、あれ、犬のしっぽっつーより猫とかサルとかに近いような形状してたような。
 いや、たぶん、俺が寝ぼけてたんだ。そうだ。変な酔い方したから、寝起きに妙な夢でも見たんだよな。
 続いて、ポケットの中から鍵やらを取り出した。そこに、俺は見慣れぬものを見た。
 なんでプラモデルの腕が入ってんだよ……。…………。

 なんだか色々とすっきりしない朝だったが、俺は気にしないことにした。というか、気にしたら負けのような気がした。
 二度とあの家には泊まらねぇ。

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