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■Report-33 聖夜<2>

 しばらくして、俺は狭いマンション(てかアパート)の階段を昇り3階にある目的の部屋の前へと立っていた。
 大守の奴が寮を出る許可を貰ったときに、引越しを手伝って、それから数回は奴の部屋に遊びに行ったもんだ。最近は全然邪魔することは無かったけど。
 もちろん、尋ねる前に電話で奴が家にいることは確認した。どうやら奴の場合は本当に運が良かったんだろう。世間一般、どこもかしこもがクリスマスだなんだで浮かれているときに、夜勤じゃなかったんだからな。皆親切だね、ホント。
 インターホンを鳴らし、俺が名乗ると、しばらくして息を切らせた大守がドアから顔を出した。奴の足元には、2匹の動物が興味深げに俺を見上げている。そういや、猫と犬を飼ってるとか何とか言っていた。……にしても見たこと無い種類だ。
「どうしたんだよ、急に」
「いや、なんとなく」
「今年は夜勤じゃなかったんだ」
「八坂さんが奥さんとケンカ中とかで、クリスマスに家にいたくないんだってさ」
「あの八坂さんが? 珍しいこともあるもんだなぁ。で、暇を持て余してお前はそれでここにいるわけか? ……呑んできたみたいだな」
「いいだろ、たまには元相棒の顔を見にきたって。というかさ、寒いんだけど中にいれてくんないか?」
 今年は暖冬っぽくて12月末にしては比較的暖かいような気もするが、やはり玄関先で立話は寒いだろ。つかさっさと入れろよ。
「え? ああ、そうだな。すまん」
 わざとらしく笑ったりしてるが、大守の動きは緩慢だった。どうやら俺を部屋に入れたくないらしい。そうこうしているうちに奥から人の気配がした。まあ、クリスマスだしな。彼女がいたって驚かないさ。というか、そのつもりでわざわざ邪魔しに来たんだけど。……いいだろ、たまにはこんな意地悪したくなるんだよ。
 それよりも、なにをバタバタしてんだか。やましいことしてなきゃとっとと入れろってんだ。
「いらっしゃい、佐々野さん」
 奥から現れたのは、案の定、大守の美人の彼女だった。名前は確かエレーヌだ。その瞬間、大守がほっとしたような表情をした。それで、俺はようやく室内に入れてもらえた。
 食卓を見ると、クロスのひかれた広くないテーブルの上に食事を終えたばかりだったのか、料理の無くなった皿が並んだままだ。ナイフとフォークも揃っている。ワイングラスも2つ。二人でディナーを楽しんでいたらしい。
 洒落たクリスマスだな。くそ。
「佐々野さん、食事はされました?」
「まあ、簡単に」
「スープならありますけど、どうされます?」
「あ、じゃあ、いただけますか? あんまり食ってきてないんで」
「わかりましたわ。今温めますから、少しお待ちくださいな」
 そういうと微笑んで、彼女はコンロの前に立つ。その後姿を眺めながら、俺は以前似たような会話をしたことを思い出していた。
 かなり前になるが、大門署に移動になってすぐの頃、大守と野島さんと一緒に八坂さんちにお邪魔したときだ。八坂さんの奥さんの手料理をご馳走になった時だな、ということを思い出して、俺はちょっと凹んだ。

 TVの前のコタツに俺を促すと、大守はテーブルの上にあったワインのボトルとグラスを手にして俺の向かいに座った。すかさず、猫が奴の背によじ登り、肩越しに俺のほうを見ていた。ずいぶん丸い猫なんだ、これが。
「呑むだろ?」
「お前んちでワインを飲むとは思わなかったよ」
「俺もワインはよくわかんないんだけどさ。ビールがよければあるけど」
 それを聞いてちょっと安心した。それまで友人だと思ってた奴が、どこまでも知らない奴になっていくのはやっぱり面白くない訳で。
 ま、家族や恋人同士だってお互いに自分が思っているほど相手のことを知らないのが普通だ。刑事をやってりゃ、そんなことが当たり前だってのはよく判る。
 俺はそのままワインのグラスを受け取って、何年ぶりかの奴の部屋を見渡した。
 気になってたんだよな。奴の部屋ってこんなに小奇麗だったっけ、て。基本的には前(といっても数年前だが)と変わっていないようなんだが、なんかこう、片付いてんだわ。もともと物は少ない奴だったけど。いや、昔からすると物は増えてたか。野郎の一人暮らしっぽくないってゆーかさ。……彼女ができると変わるもんなのか、やっぱり。
 そんなんでつい見慣れないものをごそごそといじりたくなったりして、TVの横にあるプラスチックの箱を開けてみれば、そこには携帯ゲームのソフトがゴロゴロと入っていた。別の箱をみれば、……えーと、この懐かしさを憶える工具はプラモデル用か。俺も子供の頃、ガンプラとかよく作っててさ、こう見えても手先は器用なんだ、俺。
 大守にこんな趣味が合ったのかと問えば、このあたりのオモチャは奴の姪(確か将来が楽しみなけっこうかわいい女の子だった)の友達のものらしい。奴の留守中、小学生の溜まり場になるんだそうだ。携帯ゲームのソフトも、その子供たちのものらしい。まあ、警察官の家がヤバイ溜まり場になってなきゃいいことなんだが。
 そのとき、不意にベルトが引っ張られるような感じがして、俺は振り向いた。
 すると、奴んちの犬がベルトにつけていた携帯ホルダーからはみ出ているストラップを引っ張っていた。俺がぽかんとしていると、大守が慌ててそいつを抱え上げてストラップを放させた。
 なんでもその犬、紐状のものを発見すると、引っ張らすにはいられない性格らしい。そういや、この部屋には家電のコード類が部屋に転がっていなかった。頑張って隠したらしい。
 にしても、柴でもないし、ちょっとキツネっぽい不思議な顔をした犬だ。六本木で迷子になっていたのを拾ったらしく、犬種は良くわからないらしい。意外にとんでもなく高級な血統の犬だったりしてな、と言ったら、大守は複雑な顔をしていた。
 それから少しして、エレーヌさんが温めたスープを持ってきてくれ、俺はありがたくそれをいただいた。ちょっとピリ辛の魚のスープだ。いやー、やっぱインスタントじゃないってのはイイねぇ。
 スープを食べ終わる頃に、今度は冷蔵庫からチョコレートケーキが出された。洒落たケーキ屋のショーケースで見るような一品だ。これも彼女の手作りらしい。甘すぎずそして軽すぎず、少しブランデーの味と香りがする。日頃ケーキとは無縁の俺でも、食ってみればこのケーキが美味いってことはよくわかった。
 くそ、いちいち羨ましい奴だ。
 明日は日向ちゃんのケーキだなと、苦笑しつつ大守が呟いた。曰く、最近は味はまともになってきたらしい。このあたりの話はいつも聞いている。例え実験料理だとしても、女の子(人妻なんだが)の手料理を食える立場を喜べチクショウ。なんて神様は不公平なんだ。
 ――で、実はこのあたりからの記憶は曖昧だ。
 半分寝かけていたんだろうか。途中でエレーヌさんが帰るのにタクシーを呼ぶとかなんとか言っていて、俺も彼女には謝ったような気がする。大守に悪いとは最初から思わないことにしていたんだが、考えてみりゃ、彼女にしてみりゃなかなか休みが合わない彼氏とのデートを俺が邪魔しちゃった訳で。
 俺が帰れば良かったんだが、恥ずかしながらその頃には俺もすっかり出来上がっちゃっててさ。何かにけっつまづいて転んだことは憶えている。それですっかり心配されちゃって、俺が大守のところに泊まってくことになったんだ。

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