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■Report-23 1月3日に生まれて(夜・前編)

 都心から程近い私鉄沿線に北斗は住んでいる。
 都心に程近いとはいえ、ばっちり住宅地でファーストフード店が近くに全然無いと言う微妙に田舎な土地柄である。
 いつもなら遅い帰宅のサラリーマンが吐き出される駅にも人の姿はまばらで、普段良くお世話になる駅前にある深夜まで営業の弁当・総菜屋も三が日は夜7時までの短縮営業だそうだ。シャッターが閉まった商店街に吹く風は、もの寂しさを演出している。
 駅を出てすぐのコンビニに寄り、弁当のコーナーに向かう。身体は空腹感を感じていたが食欲はいまいちで、結局カップ麺を一つ手にとってレジに向かった。
 そもそも、このようなことになった発端は、朝届けられた藤堂日向からの誕生日プレゼントだ。彼女特製の『噛み茄子ケーキ』に気をとられ朝食を摂り損ね、昼にはそのケーキで時間を取られあまり食べ物を胃に入れることが出来ず、その後路上で怪我してひっくり返っていた酔っ払いの調査、年末から捜査していた放火犯の捕り物に参加→取り調べへと続き、食事を取るタイミングを失ってしまった。カ○リーメイトでカロリーだけは摂取したのだが。
 なお、茄子ケーキの被害者である同僚は、動けるようになったあと今日は大事を取ると言う事で、早退した。署を去る彼の後姿を見た人間曰く、まるで抜け殻のようだった、とのことだ。その話を聞いて、北斗は後日彼にラーメン(チャーシュー大盛)を奢ることを心に決めたりした。

 玄関を開けると、居間で寝ていたらしいタクルともこも等、謎生物達が集まってくる。以前にはとても考えられない光景だ。近年のペットブームがとてもよく判る気がした。やはり、疲れて家に帰っても一人だと、寂しいものだ。迎えに出てくれる動物がいると、ささくれた心がちょっぴり癒される感じがする。
 食卓テーブルにはメモがいくつか。昼間、姪っ子達の一団が来ていたのだろう。
 ギルドメンバー御用達のファミレス・プリンキャッスルのマークが入った封筒には短い文章の手紙が入っていた。差出人はプリンキャッスル吉祥寺店のバイトの陸王美姫。『誕生日おめでとうございます。鷹くんに3日が大守さんの誕生日だと聞いたので、プリンキャッスル特製バースデービッグプリンを贈ります。皆さんで食べてくださいね。』
 美姫も少なからず北斗のことを想っていたらしいのだが、本人はもちろん全然気付いていない。ちなみに、鷹くんとは姪っ子美鶴のボーイフレンドの八ツ森鷹で、よく一緒に遊びに来る男の子である。
 もう一つのファンシーキャラクターのメモ帳には、姪っ子の小学生とは思えない綺麗な文字があった。『お母さんがケーキを作ったので、冷蔵庫に入れておきます。美姫さんにもらったプリンも一緒に冷蔵庫に入れておくね。』
 正直なところ、ケーキよりも普通のご飯が食べたいところだったが、皆の気持は嬉しかった。確かに、もう誕生日を気にする歳でもないし、実際大して気にもしてないのだが、誕生日を祝ってくれるということは、やはりいくつになっても嬉しいものだ。
 冷蔵庫を開けて、中を覗く。箱が二つ。一つはプリンキャッスルの箱だ。特製ビッグプリンと言われるだけあって、箱もでかい。もう一つは姉の作ったものだろう。
 一人で食べられるものではないだろうが、様子を見ようと冷蔵庫から箱を出して開けた。そしてうなだれた。
「これは『パイ投げ(塩味)』だろうが……」
 箱の中身は白いクリーム満載のパイ(ロウソク付)であった。かつてどこぞのギルドがらみの事件で敵味方乱れてパイが飛び交っていたのを覚えている。ちなみに、『塩味』というラベルが隅っこにのっかていた。まさかこれを美姫が用意するとは思えず、恐らく肝心のプリンは子供たちの腹の中だろう。パイに乗っかっているロウソクは、プリンについていたものに違いない。
 そして、姪っ子がこれを考えるとは思えないので、パイを仕込んだのは鷹だろう。
 せめて食べられる物を入れておいて欲しかった。
「普通、長いの3本と短いの2本だろ……」
 もう一つ、美鶴の母で北斗の姉が作ったケーキはといえば、32本のロウソクがしっかりのっかっていた。このロウソク全部に火をつけろというのか。その上、まんべんなくロウソクが立てられており、どこからナイフを入れたものかわからない。嫌がらせなのか天然なのか。大体にして、一人で食べる仕様じゃないだろう。これは。
 冷蔵庫には他にこれといった食材も見当たらない。年末年始と署でも人出が足りないくらい忙しかったのだ。まともに買い物をしていなかったのだから、当たり前だ。
 結局、コンビニで買ってきたカップ麺をすすることになる。
 音を得るためにTVをつけた。番組は別に何でも良かった。正月特番のバカっぽいバラエティ番組に、笑う気力も起こらない。
 電話が鳴り、ものぐさそうにカップ麺を片手に受話器を取る。
「はい、大守――エレーヌさんッ?!」
 電話の相手は、エレーヌ・ケルブランだ。反射的に姿勢を正してしまった。
『北斗さんが家にいらしてよかったですわ。ご迷惑でなければ、これから北斗さんの家にお伺いしてよろしいですか?』
「え?え? これからですか?」
 慌てて壁の時計を見る。彼女が家から帰ろうにも、もう終電まであまり本数は無い。となると、十中八九、泊まることになるはずだ。
『実はギルドの仕事で近くまで来たものだから。もしご迷惑のようでしたら……』
「いえ! もうまったく全然そんなこと無いです! 今どこですか?」
 実は次の北斗の休みに合わせてデートすることにはなっていたのだが、会うチャンスがあるなら会っておきたいのが人情ってもんだろう。実際のところ、警察官の北斗の休みが吹っ飛んで涙をのむこともよくあるのだ。
 エレーヌの電話は、JRから北斗の家の最寄の私鉄への乗り換え駅からだった。電話を切った後、慌てて時間を確認する。この時間のダイヤはしっかり記憶している。今の時間、急行への乗り換えや諸々を考えると、近くの駅までざっと30分と言うところだ。駅までは北斗の足でだいたい8分。
 脱いだスラックスを穿きなおし、Yシャツはそのままにセーターを探す。ついでに部屋に干してあった生乾きの衣類を慌ててかき集め、洗濯機の上に積んでカーテンを閉めた。少なくとも、パンツは目に付くところに干しておきたくないというものだ。
 残っていたカップめんも一気に胃に流し込み、ゴミはゴミ箱へ。カップめんの匂いは……諦めた。年末からずっと出勤だった為、生ゴミがたまってなかったのは幸いか。ごみ収集日はまだ先である。
 ざっと部屋を見渡してひとまず納得すると、レザーのフライトジャケットを着込んで、エレーヌを迎えに行く為に家を出た。いくらエレーヌがギルドメンバーといえど、やはり男として夜道を女性一人で歩かせる訳にはいくまい。

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