■Report-23 1月3日に生まれて(昼)
「そういやぁさぁ」 昼休みの合図に伸びをしながら、同僚の佐々野が声をかけてくる。 「今年はあのカワイイ女の子、来ないな。去年は振袖着て来てたのに」 最初、何のことを言われているのかピンと来なかったが、それが高階晶のことだと気付いて、北斗は苦笑した。 高階晶は、北斗の近所の中学生だ。北斗が時折顔を出している剣道場の娘で、実はギルドメンバーでもある。一時期、北斗によく懐いていた。昨年の誕生日にも署に顔を出している。、 「晶ちゃんなら、ボーイフレンドと初詣だと思うけど」 「……さてはフラれたか。大人になれば、なかなかの美人になりそうだったのに、やっぱ30過ぎたオッサンは嫌だよなぁ」 「あのなぁ。恋に恋するお年頃って奴だろ。中学生のときに先生に憧れるようなもんじゃないか。そのうち年相応のボーイフレンドができるもんさ」 「なんか、妙に大人な台詞だな、それ」 「ほっとけ。それより、俺はお前が俺の誕生日を覚えていたことの方が驚きだね」 「そら、1月3日なんて覚えやすい誕生日じゃないか。毎年ここで顔合わすし、去年も面白いプレゼント貰ってたしな」 そのプレゼントとは、晶の牛肉だったりする。給湯室の冷蔵庫にリボンをかけられた生牛肉が合ったら、そら驚くだろう。ちなみに、安物のホットプレートで刑事課の夜食の焼肉として消費されていた。 「で、今年は何貰ったんだ?」 佐々野が眼をつけたのは、北斗が冷蔵庫から持ってきた白い箱だった。中身は勿論、紫色の物体――ケーキ――である。 「彼女の手作りのケーキか? ん?」 にたにた笑う同僚に、ため息が出る。 「今朝方、日向ちゃんが持ってきてくれたケーキ。……らしい」 「なんで日向ちゃん?」 佐々野の目は明らかに「おまえらどういう関係だ」と語っていた。女は新婚さん、男は彼女持ち。わざわざケーキを焼いて自宅まで持ってくか、普通。 「彼女の結婚相手の旦那が家庭菜園にこっててさ、最近の趣味がその野菜を使った料理らしくって。旦那だけじゃ飽き足らず、作ったものを人に食べさせたくて仕方が無いらしい。で、友人知人の誕生日に託けて……らしい」 わざとらしく肩をすくめ、貰っているのは俺だけじゃないよと説明をする。色々とごまかしている部分は多いが、少なくとも本質は間違っていまい。半信半疑の眼差しだが、佐々野はひとまず納得したようにうなずいた。 「評判はいいらしんだ、その茄子ケーキ」 「ナスぅ? ブルーベリーとか紫イモとかじゃなくて?」 紫色のケーキと北斗の顔を交互に見て、佐々野は「マジかよ」と呟いた。 「マジで茄子。なかなかヘルシーだよな」 接頭語として本当は『噛み付き』が付くのだが、一般人には秘密だ。 「で、どうしたものかと考えてしまう訳で。なんか、コレを食べ終わるまで他の物を食べちゃいけないような気がすんだよな……」 皿と果物ナイフとフォークまで用意しているにも関わらず食べあぐねている北斗を尻目に、佐々野はじゃあ俺がと紫のケーキに手を伸ばした。 きょとんとしている間に、さくさくとケーキの形が変わってゆく。 「お、おい! 一気に食うなよ!」 焦る北斗をよそ目に、佐々野は手にしたケーキをあっさりと食べ終わってしまった。 「なんだよ、食べたくなさそうだったから貰ったのに」 焦っている意味が違う。 「そうじゃなくて――大丈夫か?」 不安げに佐々野の顔を見上げる北斗に、佐々野は怪訝そうな顔をした。 「はぁ? 何言ってんだよ。まあ、味は個性的だけどな。女の子からのプレゼントを粗末にするとバチが当たるぞ。……お前が食わないなら、残りも貰っちまうぜ?」 「……大丈夫なら、いいんだ。大丈夫なら」 平然と食べる同僚の様子を伺いつつ、それでもやはり手を出す気になれないのは何故だろう。朝のタクルともこもの様子が気になるからだろうか。 「甘さが足りないかな〜。でも、昼飯には悪くないような微妙さだな。いっそケーキやめて、麻婆茄子とかで惣菜パンを作ってみたらって感じがする」 確かに、味は悪くは無いらしいのだが、惣菜パンはまた別物だろう。 『――浜松町2丁目の路地で血を流して倒れている男がいると通報がありました。現在、2丁目交番の――』 大門署管轄内には東京タワーや芝増上寺など観光スポットがあり、三が日の人では多い。当然、事件もそれなりに多い。 課長が山田係長に指示をし、山田係長は各人の担当事件を考慮して、担当者を割り振る。 「大守、佐々野、行ってくれ」 「了解」 山田係長の指示に、二人はコートを手に刑事課を後にした。 路上で倒れていた男は、救急車が呼ばれ病院に搬送された為、事情聴取は病院の一室で行われた。酒の飲みすぎで酔っ払って足元の段差で転んだ結果、頭を打って気を失って、そのまま寝てしまったということだった。出血はそのときに生じた傷からのものらしいが、出血のわりにケガは大きくなく、数針縫っただけで済んだようだ。 財布等も無事で事件性は無く命に別状も無いようで、いくつかの注意を男にして北斗は署に戻った。 「佐々野、生きてます?」 そして、刑事課に戻った北斗の第一声がコレだ。 実は、相棒の佐々野が現場についてしばらくして腹痛を訴えたのである。大の大人が血の気の失せた顔で冷や汗をかいて腹痛を訴えるのは、普通じゃない。あまりの尋常じゃない様子に、やばかったら救急車を呼べと言い聞かせて彼を先に署に返したのだが。 「宿直室でラッパのマークの薬飲んで寝てるよ。すっかり絞った雑巾みたいになっちゃってさ。まだ起きられないらしい。ただ、先生曰く、腹をこわしただけっぽいけど」 北斗の問いに、年輩の刑事が笑いながら答えた。その様子に安堵のため息をつく。 佐々野の腹痛の原因、それはあのケーキ以外に考えられなかった。朝から彼とは顔を突き合わせていたのだ。今日、彼が他の何も食べてないことは知っている。自分があのケーキを食べてなくてよかったと思うと同時に、彼に対して少々罪悪感を感じた。だが、やはり真実は黙っておくべきだろう。 「ところで、大守」 声をかけられて、北斗は山田係長の方を向いた。 「お前、誰かに恨まれてないか? お前のことだから大丈夫だと信じているんだが、その……女性問題とか起こしてないよな?」 「はい?」 「佐々野に聞いたら、お前の机に置きっぱなしになっていたケーキしか食ってないって言ってるし――」 「――あ! あのケーキは信頼できる人から貰っているんで、変なものは入ってないと思いますけど」 彼女に恨まれてない自信はあるが、変なものが混じっていない自信は、はっきりいって、ない。しかし、彼女の名誉のために名前を出すべきか否か。ケーキの製作者の藤堂日向の名前を知っている刑事は、多い。それ以外にも、やはり名前を出すと、ややこしくなりそうなので黙っていたいところだが。 「山さーん、結果でましたよ」 入口で立ちっぱなしだった北斗の横を、鑑識の柳川が通った。 そういえば、机の上に置きっぱなしにしていたケーキが見当たらない。一瞬にして血の気が引いた。もしかしてもしかすると、あのケーキがやばいということが―― 「結果はシロですね。薬物等の検出は無し。いたって新鮮なものでしたし、単に佐々野君の食いすぎとかじゃないですかね。まあ、あえてコメントするなら、あのケーキの作り主はユニークな味覚と想像力の持ち主だってことでしょうか。 ま、あと原因があるとすれば、何か言い難いようなものでも拾い食いしたとか。彼も、新年早々ついて無いですねぇ」 カラカラと笑って、お疲れ、と北斗に声をかけると柳川はあっさり刑事部屋を出てゆく。 北斗は胸をなでおろした。 さすがにどんなに凶悪なものであったとしても、魔法的なものは科学では分析できないと言う事か。少なくとも、表向きはあのケーキが原因ではないことになったのだ。ほっとしたような、しかしそれはそれで厄介なと、心中複雑なところである。 「留守中に悪いと思ったんだが、一応ってことで残ってたケーキを鑑識に回したんだ」 バツが悪そうに、山田係長が言う。 「いえ、全然気にしてませんから」 もしかして、少し声が弾んでいただろうか。 ほっとした理由は他にもあった。肩の荷がおりたというか、目の前から問題のケーキが結果的に自分の手を汚さず消えたことが、実は嬉しかったりしたのだ。同僚には悪かったが、あのケーキの効果がどの程度のものかも判った訳だし。……同時にあのケーキ、というよりあの茄子を食べて平気でいられるギルドメンバーの、常人とはかけ離れた内臓の強靭さ(もっともらしく言うならば、魔力に対する抵抗力なのかもしれない)にも改めて驚かされたりもしたのだが。 これでようやく落ち着いて他のものが食べられる。もうすっかりおやつの時間を回ってはいたが、この程度はいつものことだ。 「すいません、俺、昼飯まだなんで買ってきても――」 そのとき、刑事課の内線が鳴った。 「西江田からだ。年末の放火事件の被疑者と思わしき男が発見された」 「すぐに出ます」 山田係長が指示する前に、ため息を付いて北斗が答えた。ちなみに年末に起こった放火事件(ボヤで済んだのが幸いだった)と放火未遂事件の主な担当は北斗と相棒の佐々野だ。 「大守、悪いが昼飯は後にしてくれ。あと渡部、佐々野の代わりを頼む。野島と八坂は待機」 昼食はもとよりコートを脱ぐまもなく刑事部屋を再び後にすることになった北斗に、年下の渡部はデスクの引出しから持ち出してきた買い置きらしいカ○リーメイトを手渡した。 「コレ、僕からの誕生日プレゼントってことで。運転は僕がしますから、現場まで食べててください」 こうして誕生日の日は暮れる。 |