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■Report-23 1月3日に生まれて(朝)

 その日の目覚めは玄関のチャイムだった。
 眠い目を擦りながら玄関を開けると、早朝の凛とした空気の中に立っていたのはスーツの女性だ。
「日向ちゃん? また何で?」
 女性は藤堂(旧姓)日向。彼女は本庁の刑事で、刑事になって最初に配属されたのが北斗のいた署だったため、彼女は当時から現在まで北斗のことを大守先輩と呼んでいる。それと同時に、ギルドメンバーとして活動している仲間でもあった。
 現在は同じくギルドメンバーの月岡雷と結婚して八王子に住んでいる。北斗の家は東京都内でも海側にあるので、山側の月岡夫婦の家からはっきりいって遠い。早朝に彼女が玄関先にいる理由が思いつかない。
「今日が大守先輩の32歳のお誕生日だって聞いたんで、出勤前にお邪魔しちゃいました♪」
 首をかしげる北斗に日向はにっこりと笑って、手にしていた大き目の紙袋から白い箱を取り出した。店でケーキを丸ごとを買ったときによく見かける、あの箱だ。
 少し、嫌〜な予感がした。
「という訳で、お誕生日おめでとうございます。ケ−キ作ってきました。皆に好評だったんですよ、これ。全〜部食べてくださいね☆ で、こっちもプレゼントです。お互いハードな毎日ですけど、頑張りましょう♪」
 苦笑いを浮かべながら礼を言う北斗の手に日向は箱を押し付けると、彼女は大き目の紙袋も北斗に手渡した。
 そして、笑顔のまま軽く敬礼をすると、日向は踵を返し機嫌よく階段を降りていった。

 彼女からの誕生日プレゼントは、洒落なのか栄養ドリンクと薬用入浴剤1ヶ月分だった。苦笑しながら、それらをしまう。
 同じ警察官なだけに、誕生日にこういったものを思わず用意してしまう日向の状況も、相当なものだと思いを巡らす。……彼女が実は獣人だってことをすっかり忘れているが。猫科なので、肩こりとは無縁なんじゃないだろうか。
 そして最後の一品。
「なんでケーキがこんな色になるんだ……」
 目の前に置かれた円いものは『ケーキ』らしい。見事なまでの茄子色の。
 彼女の現在の住居の庭には、亭主の趣味の研究の成果の怪しい野菜が植わっているのだが、その中でも色んな意味で最高傑作なのが『茄子』であった。
 その茄子、当全の事ながら普通のものではない。魔法がかったというかオカルトちっくなと言うか、漫画に描いたような人を噛む茄子なのである。恐ろしいことに、ギルドメンバーの間にアイテムとして販売された実績がある生物だった。人を噛みまくる現物は、北斗もしっかりその目で見ている。
 どうしてそんな物体がそこに育ったかという環境は、この際どうでもいい。問題なのは、彼女が嬉々としてその茄子を食材に使い、人に振舞うことである。ただでさえ、彼女の料理の腕前はあさっての方向で定評がある。その上、食材が怪しい。しかも食べないと……怖い、ような気がする。というか、気迫で負ける。
 生産者曰く、この茄子も「意外と美味い」とのことだし、彼女の料理の腕に先入観があるのも確かだろう。食べてみれば、結構美味いのかもしれない。……結婚式の宴のあの料理が彼女の手料理だった以上、先入観を持たない方が不思議ではあるのだが。というか、普通、茄子でケーキは作らないと思う。
 北斗は息を飲んで、とりあえずケーキに包丁を入れた。手に伝わる感触が、微妙に普通のスポンジケーキと違う……かも。当然中も茄子色だった。実際の茄子のあの色素は外皮だけのはずだが、確かにとんでもな色は出る。しかし、クリームも含めて、ホールのケーキ一つ全部茄子色ってどうよ。
 皆に好評だったと言うが、有無を言わさぬあの笑顔を前に、誰が本音を言えるだろうか。というか、誰だか知らないが、既に被害者がいたのは事実らしい。
 薄く切り分けたケーキを前に、しばし考える。離れた位置から飼い主の様子を伺うタクルともこもに声をかけ手招きをした。
「食うか?」
 二匹とも好き嫌いの無い素直な生物(少なくとも北斗の家では)である。というか、ゲテモノ食いはヤメロといつも思うぐらい何でも食う。しかし、その二匹が鼻先にケーキをぶら下げると揃って顔を背けた。
 身の危険を感じた。
 そもそも普通の茄子なら、味覚のセンスは疑うがまだ野菜ケーキだ。死ぬことはあるまい。だが、これは普通じゃない茄子のケーキだ。しかも凶悪な色をしている。ただの人間では絶対そのままでは済まないようなオーラをビシバシと感じる。
 が、そこで脳裏を日向の笑顔が横切った。彼女には全然悪気は無い。無いのだ。だから性質が悪い。そして、ケーキを食べずに捨てても、なぜかバレそうな気がして仕方ない。はっきり言って、報復が恐ろしい。
「皆が月岡さんと同じレベルの胃袋を持っていると思われているのは、かなり深刻な問題だと思うな……」
 茄子色のケーキを前に、大げさなため息をついた。
 ふと時計を見ると、家を出る予定の時間までわずかだ。朝食をのんびり摂っている暇は無さそうである。かといって茄子ケーキを食べる勇気は無かった。
 というか、一人のときに食べて倒れた日にゃ、命が危ない。
 着替えを済ましコートまで着た上で、改めてテーブルの上のケーキに目をやった。無言でケーキを箱に戻し、日向が持ってきた紙袋に入れた。
 なるようになる。そう、自分に言い聞かせて。

 こうして、北斗の32歳の誕生日の一日は始まったのである。

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