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■Report-22 指輪

【指輪を渡すことを考える】

 雨が降る。
 途中まで読んでいた書類は湿気を吸って微妙に湿っぽくなっていた。
 梅雨明け宣言は九州まで出たが、東京はまだ雨だ。7月だというのに気温もあまり上がらない。仙台に至っては、春先の気温だそうだ。
 湿気のこもった部屋で、北斗はする事もなしに手をジャケットのポケットに入れた。
 小さな冷たい物体が指先に触れる。男の指にはサイズが合わない指輪。
 銀でもプラチナでもない白い輝きのそれは、雨の日にその輝きが幾分か増して見えた。
 少し前に手に入れたこの指輪、実はカエルから貰ったものだといって、誰が信じるだろうか。
 6月の小雨の中、洗足池に現れた妙なカエルの調査に出向いたら、カエルが結婚式を挙げていた。どうやら参列者を募集するために事件を起こしたらしい。今自分の手のひらにある指輪は、その引き出物……だったわけだ。
 こういった話を信じるのはギルドメンバーぐらいだろうなと、職場を眺めながら北斗は思った。そもそもカエルの結婚式に参加したギルドメンバーは複数いたわけだし。
 サイズが合わない以上、この指輪を自分が持っていても仕方ないものだが、人に譲るにしてもちょっと考えてしまう。
『雫のエンゲージリング』などと名前がついてしまっている以上は。
 渡そうと思えば渡せる相手は……いるのだが、名前通りのままプレゼントするのは、これは早急すぎるっていうか、今はまだそこまで考えてないしと躊躇してしまうわけで。かといって、こういう名前の物を『他意はない』などと言って渡すのも、なんか真面目じゃないようで、これも失礼だと思うわけで。無関係の人間にあげるのも、変な誤解を生みそうで遠慮したい。
 そもそもこういうものは、それ相応の覚悟でもって自分で買うものだろう。貰い物だけに扱いに困る。いっそ男物だったらまだ使い道が……無い。自分には指輪をする趣味もセンスもなかった。
 結局の所、この指輪を渡したい相手は決まっているのだ。どういうタイミングで渡せばややこしいことにならないかだけで。
 些細な事ながら、そんなこんなでぐるぐると思考が回り、結局現在にいたるわけである。そのまましまって置くとか、単に普通にあげればと思うのだが、名前が邪魔して思考はそこにいかないらしい。
 北斗は大きなため息をついた。
 そのとき、課長席の内線が鳴った。刑事達に緊張が走る。
「湿気たため息をついている暇なんざ無いようだぜ」
 北斗とコンビを組む同僚がジャケットを手に立ち上がり、北斗の肩を叩いた。現時点で大きな事件を抱えていない北斗たちに声がかかるのが妥当だろう。
 梅雨明けはまだ少し先になりそうである。
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