東京ガーディアンズ

■前夜祭 5/5

「やっと……」
 嬉しそうな声で、拓也が呟く。
「見てくれた」
 阿月の目に映るのは、自分の幼馴染。しかし、かれんの瞳が、しっかりと『それ』を見ていることに阿月は気付いた。
 推測して導き出す『位置』ではなく、はっきりと目に見える『何か』を。
「わかったわ。これは鏡だったのね」
「鏡?」
「私が無理して拓也君を見ようとしても見えるはずなかったのよね」
 どこか切なそうな声。阿月は何が何だかわからないままかれんを見ていた。
「かれんさんには変な先入観を与えちゃったからなぁ」
 阿月にはそう聞こえる声も、かれんにはどう聞こえたのか。
「じゃあ、かれんは一体誰に見えるの?」
 阿月の問いには答えずかれんは辺りを見まわした。
 立ち止まる人がいる。
 信じられないといった風に目をみはる人もいる。
「私の認識が、また『あなた』の元気のもとになっているのね」
 辛そうな微笑みと共にそれだけ言うと、かれんは入場ゲートへと歩き出した。
「ええっ、それはちょっとマズいんじゃ……」
「きっと大丈夫よ、みんな等身大のネズミやアヒルに気を取られて『彼』を見る人はいないと思うわ」
「折角来たんだから、思いっきり遊ばんとな」
 隣で『拓也』が呟く。
「出資者は私なんだけど」
「だからこそ、楽しまんといかんでしょーが」
 なんだか釈然としないが、それは確かにそうなので阿月もそれ以上は逆らわず大人しくついていく。
 かれんから券を受け取り入り口のお姉さんに見せて、後ろの方を振り返り。
 硬直した。
「え……?」
 さっきまで後ろにいたはずなのに。
 思わず阿月はかれんの腕を掴んでいた。そうする以外、することが思いつかなかった。


「逝ったのね」
 どこか達観したようなかれんの声。
「逝った……?」
「不思議なことじゃないわ。あの幽霊には、この世に留まり続けるだけの力は残ってなかったもの」
 気付こうとしていなかっただけなのかもしれない。
「幽霊、だったんだ……」
「多分、この世での未練がなくなって成仏する直前だったんでしょうね」
「で、死に際を看取ってほしかったわけ?」
 すっかりカヤの外に出されてしまった南がそう言う。
「あの人の本意は分からないわ。でも……」
 そこで、携帯電話が鳴った。しかも、三人同時に。


「なにこれ、『お仕事』完了だって」
 携帯電話のディスプレイに映し出された文章に南が間抜けな声を上げる。
「まあ、幽霊を成仏させてあげたんだから『お仕事』なのかもしれないわね」
「待って……、まだ文が続いてる」


阿月さん かれんさん 南さん
今日 は どうも ありがとうございました 
可愛い 女の子 と でーと できて とても 楽しかった です
かれんさん の 言う 通り 私 は 幽霊 です
彼女 の こと が 気 に なって 成仏 できなかった の ですが
その 彼女 も この たび 結婚 する こと に あいなり まして
私 の 未練 も なくなり ました
しかし せめて 自分 が ここ に いた こと を 証明 したかった の です
しかし 力 を 失った 私 に 気づいて くれる 人 は いません でした
そこで 私 は 鏡 に なって みた のです
その 人 が 心 の 中 で なつかしく 思って いる だれか
心 の 底 に いる 人
会いたくて も 会えない 人
そんな 人 に 見える よう に なった の です
かれんさん は なかなか 私 に 気づいて くださらなく て とても 残念 でしたが
最後 に 大事 な 力 を くれました
あのとき 私 は たくさん の 人 に 見送って もらえ ました
どうも ありがとう
それでは 私 は いき ます
ありがとうございました

さようなら


「なんていうか、最後だけは礼儀正しい人だったね」
 ブラックアウトした阿月の携帯電話をみながら南がぽつりと呟いた。
「いや、最後の最後まで迷惑な……」
「どうかしたの?」
 しんみりしているかと思いきや、阿月は携帯電話を握り締めてわなわなと震えている。
「あのバカ、携帯壊して行きやがったー!!」


「とにかく、折角高いお金払ったんだし思いっきり遊んで帰ろっか♪」
 いくら電源を入れようとしてもなんの反応も示さない阿月の携帯電話はまた買い換えてもらうことにして、南は明るい声で言う。
「まあ、そうなんだけど、その前に店の方に行ってもいい?」
「何か買いたいグッズでもあるの?」
「あ、いや……バレンタインのチョコ、まだ買ってないから」
 バレンタインという単語に南とかれんの目が怪しく光る。
「まあ、バレンタインは明日よ」
「ここは友人としてチョコ選びの極意を教えてあげなきゃね☆」
 二人で頷きあっているのを見て阿月は猛烈に嫌な予感に襲われた。
「いや、そんな気合の入ったのはいらないんだけど……」
「ダメ、今日浮気しちゃったんだから」
「ここは気合の入ったのを一発送らないと♪」
 うふふふふ、などと二人で不気味な笑顔を浮かべるに至っては近づいてきた等身大ネズミが後ずさる始末である。
「1年中食べても食べきれないくらい大きなハートチョコとかはどう?」
「それより、帰りにコンビニで製菓用チョコを買って手作りするっていうのもアリよね。もちろん手伝ってあげるから♪」
「意表を突いたところで『私を食べて』とかもいいんじゃない?」
「ああああ、それナイス!!」
 ここで明日は彼の誕生日でもあることを言ったら収拾がつかなくなりそうだったので、それは言わないことにする。
「裸エプロンで夜御飯作ってあげたりするのも面白そうだわ」
「それは何か違うってば!!」
 ぎゃあぎゃあと賑やかに騒ぎながら、三人の聖戦(バレンタイン)前夜はふけていったのである。


 後日、かれんが誰を見たのかということが阿月と南の間で話題になったのだが、かれんがそれについて語ることは一切無かった。阿月曰く『初恋の相手みたいな感じ』だったらしいが、真実は闇の中、というやつである。

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