東京ガーディアンズ

■前夜祭 4/5

「阿月ちゃん、なんだか事情が変わってきたみたい」
 足早に阿月達の元へと向かい、かれんはそう告げた。
「他の人にもその『拓也』君が見えるらしいの。さっきの店の仲居さんだけけど、彼女には『大江英之』さんに見えたらしいのよ」
「誰、それ」
 阿月は目を丸くして横にいる『拓也』をまじまじと見つめてしまう。
「幻が見える人と見えない人がいるとすると、阿月ちゃんにしか見えない状態よりも混乱のもとになるわ。さっきの仲居さんは一人だからよかったけど、二人連れとかで片方だけに何かが見えると分かったら、それと一緒に歩いている阿月ちゃんは何なのかっていう話になってしまうし」
「じゃあ、トレジャーシーみたいな人の集まる場所は……」
 ものっすごくマズいんじゃないのかという阿月の言葉は声にならなかった。
「うわっ……ちょっと、拓也っ……!?」
 腕を引っ張られてそのまま引きずられていきそうになり阿月が小さく叫ぶ。
 かれんが両手をさりげなく阿月へと向けたのはそれと同時だった。


「同じ手で逃げようなんて短絡的よ」
 かれんの不可視の『力』が阿月を連れ去ろうとする『何か』を縛り付ける。
「注意しておくけど、このままあなたを消すこともできるわ」
 周りには聞こえない小さな声で、かれんはそう宣告する。
「あんまり乱暴な手段は使いたくないの。どうするかはあなたが今すぐに決めることよ」
「……」
 息を詰めて阿月がかれんの方を見た。
(――『拓也』君、か)
 少なくとも阿月には『拓也』という人間に見えるのだ。かれんも中途半端な場面でこの茶番を終わらせる気はないし、そんなことをすれば後で阿月に何をされるか分かったものではない。
(さあ、どう出るの?)
 問題は相手の出方だ。
「えっと……」
 阿月が口を開いた。
「ごめんなさいって、言ってる。もうこんなことはしないから……あと一人だけでもって」
「あと一人?」
「えっと、せめてもう一人くらいに自分を見て欲しい?ああ、そうなの?誰かに気付いて欲しいのね?」
 二人への伝達係になりながら、阿月は自分でも理解できないらしく『拓也』に聞き返す。
「……だって」
「そうなの……」
 かれんは小さく呟くと、歩き出す。
「トレジャーシーに行くんでしょう?どうせなら早く行ったほうが楽しめるわ」


 かれんの容赦無い脅しがよほど効いたのか、京葉線に乗っている間もすっかり日の沈んでしまった舞浜駅に着いてからも、阿月の横にいる『拓也』は気落ちしつづけていた。
 今までのように人を振り回すどころではなく、肩を落としてすっかりとしょげかえっているように見えてしまい、
「ね、ねえ……大丈夫?」
つい周りのことを忘れて『拓也』に声をかけてしまい、一瞬誰のいない場所に話しかける気違いじみた女子高生と化して他人からあからさまに視線をそらされる羽目となる。
「嗚呼、なんか世間の冷たさが身に染みるわぁ」
「まあ、あんまり温かい目で見れる光景じゃないし」
 南がそう言うに至っては『拓也』だけでなく阿月も一緒に肩を落とす羽目になったのだが。
「とりあえずチケットを買くるわ。お金、後で払ってね」
 そう言うと、かれんはチケットブースへと向かった。


「あのさ、とりあえず適当に相槌打っておくから好きに喋っていいわよ」
 そんな提案をして二人――三人は近くにあったベンチに腰を下ろす。それじゃあ南が退屈するんじゃないのかと阿月は思ったのだが、南の顔が興味津々という表情をありありと見せているのを見て、その心配はないらしいと判断する。
「かれんさんってばおっとりしたイメージとは違って結構怖い人やね〜」
「アホ、またそんなこと言って……」
「どうせ聞こえてないんやんか」
 阿月が本気で睨みつけると、本気で怖かったらしく、ウソウソ冗談だってばーなどと言って阿月の顔のあたりで両手を合わせる。
(うーん、まるっきり本人なんだけどねぇ)
 本物がここにいるのも、それはそれで由々しき問題なわけで、なんとも複雑な気分である。
「そりゃ、阿月ちゃんにとってはすごく良い友達だってことは分かるんやけど」
 そこで『拓也』が遠い目をして呟いた。
「かれんさんには俺が見えるはずなんやけどなぁ……」
「え?」
 阿月は思わず目を丸くする。
「それは、つまり……?」
「ナイショ」
 真面目に聞いたのに気の抜ける言葉を返されて阿月は思わず肩を落とす。
「阿月ちゃんはこのまま唐突に訪れた幼馴染との再会を楽しんでくれればそれでいいんやから」
 な、などと笑顔で言われた日には阿月も頷くしかないのだが。


(せめてあと一人、ね……)
 その言葉にかれんは引っかかるものを見出していた。
「大人の1デーパスポートを三枚……」
 チケットブースの窓口に向かって何となくそう言ってしまってから、
「いえ、大人四枚お願いします」
訂正する。
 かれんの考えが当たっているなら、本当は、あの『拓也』にそこまでかまう必要は無いのだ。無視して放っておいても何かの騒動を起こすほどの力はないはずである。
 銀座で動きを縛り付けたときの手応えから、そのことは分かっている。
 なにしろエージェントになりたての自分の超能力でも十分に対処できたのだから。
(とは言っても、阿月ちゃんにとっては幼馴染っていう大事な人の存在を埋めてるわけだし)
 それは何気ない思いつきにすぎなかったが。
(大江さんがこんな所にいる訳無いですから)
(私の勘違いです)
 仲居さんの呟き。残念で、しかし最初から分かっていたというような、諦めと安堵が含まれた、あの言葉は。
(もしかして……いえ、そういうことだわ!!)
 息を呑み、振り返る。阿月と南が――いや、三人が待っている方角を。

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