東京ガーディアンズ

■前夜祭 3/5

「やっぱり東京タワーは外せなくて、あと美味しい江戸前寿司が食たべたいって言ってるんだけど」
 券売機の前、東京観光にしてもどこを案内すればいいのか皆目見当もつかない阿月が――正確には拓也が要求したのは何故か東京タワーと江戸前寿司だった。
「え、トレジャーシーにも行きたいって?千葉県よ、あれは」
 思わず突っ込みを入れてしまうあたり関西人の悲しい性が出ている。
「とりあえず、東京タワーに上らせてあげてからお寿司屋さんに……って『美味しい江戸前寿司のお店』って誰か知ってる?」
 もしかしてと思い阿月は二人に向かって聞いてみたのだが、一介の女子高生にそんな知識を要求するのは酷というものである。
「仕方ない、本屋さんでグルメ本をチェックして……あ、お金も下ろしておいたほうがいいかな。なんて言ってもお寿司だし」
 ね、と後ろを振り向いて同意を求める。が、
「部外者を引き回しておいてお金まで払わせる気?」
「当然阿月ちゃんが払ってくれるわよね〜」
笑顔で二人がそう言うのを阿月は乾いた笑いで受け流そうとしたのだが、こんなときだけ調子よく三人同時に肩を叩かれ、今日何度目か分からない深い溜息をついたのである。


「ところで『彼』ってお寿司食べるの?」
 東京タワーへと向かう地下鉄の車内。売店で買ったグルメ本を繰りつつ真剣な顔で拓也と議論を繰り広げている――現在は南とかれんが両横で適当に相づちをうっているので変な人に見えないこともない(と思う)ところに南が素朴な疑問を投げかけた。
「……あ。どうなんだろう?」


 高級そうなカウンターに載せられた四人前の寿司を見て阿月は何となく切なくなった。
「ん〜、美味し〜♪」
「銀座まで来た甲斐があったものよね〜♪」
 銀座にある明治創業という伝統の技に加えて新しい食材も斬新に取り入れていく、新鮮なネタと丁寧な仕事が評判の寿司屋に制服の四人組――世間の目から見れば三人組だが、がそんな店でウニやら大トロやらをつまんでいるのはかなり異常な光景かもしれない。
 更に、そのうちの一人は次々と出されるお任せ寿司を眺めているだけで食べようとしないのである。
 と言うか傍目には何もない空間に寿司が置かれているというなんとも不自然な状態なのだが、こればかりは店の人に我慢してもらうしかない。
 阿月曰く、目の前に寿司が出てきただけで満足したらしく、行儀良く座って職人が目の前で寿司を握る様を興味深げに眺めているとのことである。それでいて、横からつまもうとすると怒るらしい。
「一貫いくらすると思ってるのよ〜」
 恨めしそうな顔で阿月が呟く。
「高級なお寿司屋さんってほとんどが時価だから。あ、アワビお願いします」
 値段が分かっているのか分かっていないのか、かれんが追加の注文を入れる。
「あ、それじゃ私はイクラに赤だしもお願いします☆」
 あいよっ、と威勢の良い声を上げて築地で仕入れたとかいう立派なアワビやらイクラが握られていく。
(このままだと破産かも……)
 エージェントとしての『お仕事』の報酬でそこら辺の女子高生とは比較にならないほどの大金を持っているとはいえ、銀座でお寿司を食い散らかすほど金銭感覚が麻痺しているわけではない。それに、自分一人ならともかく今は余分なのが三人もいるのだ。そのうち二人は他人の金なのをいいことに好き放題に高いものを頼みまくっていたりする。念のために全財産を下ろしてきて正解だったと思う。
「お嬢さんは次何にします?」
 そう問いかけられてお勧めのネタを聞いてしまうあたり、阿月もしっかりと楽しんではいるのだが。


「うは〜……」
 仲居さんにお勘定を見せられ、阿月はなんとも気の抜けた声を上げていた。
「お連れさん、いっぱい食べていらっしゃいましたからね。お支払いの方、カードになさいますか?」
 回転寿司ならば何皿食べられるのか勘定するのもバカバカしいほど現実感のない請求額に半分引きつった笑顔でしっかりと厚みが感じられる程に重ねられた一万円札を手渡す。
「美味しかった〜」
 満足げな顔でそう言っているかれんを横目で見ながらシャレにならない桁が書きこまれた請求書を阿月は握り締めた。
 後は、トレジャーシーなのだが当然それも自分が払わされるのだろう。
(今日だけで間違いなく今までの稼ぎがなくなる……)
 今まで結構真面目に貯蓄してきたのである。将来の学費だとか嫁入りの準備金だとか、そんな将来設計もパアだと思うと情けなくなってくる。
「さー、次はトレジャーシーにレッツ・ゴー!!」
 阿月の懸念が分かっていないのか、またはわざとなのか機嫌の良い声で鼻歌を歌いながら店の外に出る。
 その後を阿月が疲れた顔で出て行き、最後にかれんが店を出て中居さんが見送るために外まで出てくる。
「ごちそうさま、とても美味しかったです」
 社交辞令ではなく本心からかれんがそう言うと仲居さんは顔をほころばせ、そしてすでに歩き出している阿月達の方を見やった。
「あの、申し訳ないのですが……前を歩いているお客様」
「阿月ちゃんですか?」
「いえ……」
 やっぱり怪しかったのかとかれんは思い、とりあえず言い訳を何個か用意しておく。
「あの、もしかして……大江さん、大江英之さんなのでは?」
 流石にこの問いは予想しておらず、かれんは絶句してしまった。
「いえ……。彼は阿月ちゃんの友人で大江さんという人じゃありませんが」
「そうですか……いえ、そうですよね、大江さんがこんな所にいる訳ないですから。本当に申し訳ございません、私の勘違いです」
 仲居さんはすぐに納得したらしく、安堵と落胆の入り混じった小さな溜息をつくと、あとは高級店の仲居さんらしい見事な接客態度で何度も謝罪の言葉を繰り返した。
「いえ、お気になさらないで下さい」
 かれんはそれだけ言うと仲居さんの社交辞令もそこそこに歩き出す。
 前で待っているのは阿月と南だけで、『拓也』も『大江さん』とかいう人物も見えはしない。
(見える人と見えない人がいるの?)
 一体彼女には何が見えたのか?
 気になり、寿司屋の方を振り返ったが、そこに接待らしい数人のサラリーマンが入っていくのを見てその考えを諦めた。

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