Dialogue7 キレた
「南っ!!」
力なく地面に倒れた南を更に攻撃しようと霊達が迫るが、阿月の装甲天使に阻まれる。
「少女達の攻撃は精神に直接作用するもののようです。体に傷は付いていなくても心は痛いと感じた筈です」
「つまり、その痛いって感覚で死んでまうこともあるワケやな?」
「え、はい」
いきなり関西弁になった阿月に戸惑いながら装甲天使は頷く。
「巨椋(おぐら)、悪いけど南のこと見といてくれるか?」
生気の無い南の体を地面に横たえ、阿月は装甲天使――巨椋の肩を叩く。その顔に何の感情も浮かんでいないのを見て巨椋は思わず目を見張った。
「は、はい」
「こんな奴等ウチ一人で十分やから」
「う……ん」
「折角目を覚まされた所申し訳無いんですが、もう少し死んだふりをしておいて貰えますか?」
意識が戻った南は巨椋に膝枕をされているのに気付き、思わず顔を上げようとしたところを押さえつけられた。
「うちのご主人様、キレていらっしゃるようですから」
「はぁ?」
「ホンマは誰も殺したくなんかないんや。でも、あんたらがウチらを……ウチの大事な人を殺すっちゅうんやったらウチも覚悟を決めなアカン。そういうことなんやろうなぁ、多分南が言おうとしとったんは」
薄く笑い、空を見上げる。しかし、厚い雲とネオンの光に遮られ、星は一つも見えない。
「ま、そういう大事なことは何かを失ってから気付くちゅうけど自分なりのケジメはつけさせてもらわななぁ」
そして阿月の声が新宿御苑に響き渡った。
Dialogue8
もろもろの雑行雑修自力のこころをふりすてて、
一心に阿弥陀如来我等が今度の一大事の後生御たすけ候へとたのみ申して候。
たのむ一念のとき往生一定御たすけ治定とぞんじ、
この上の稱名は御恩報謝とぞんじよろこび申し候。
この御ことわり聴聞申しわけ候事御開山聖人御出世の御恩、
次第相承の善知識のあさからざる御勧化の御恩と、
ありがたくぞんじ候、
この上はさだめおかせらるる御おきて一期をかぎり、
まもり申すべく候
「いや、私生きてるんだけど……。ってゆーか、あの意味不明な呪文は何なワケ?」
南が呆然とした顔で呟く。
「領解文。浄土真宗の勤行の前に全員で唱える……まあ、呪文みたいなものですね」
「へ〜、でもなんでそんなのをしってるワケ?」
「こう見えても魔霊具ですから」
「いや、阿月が」
「ご主人様、京都にいた頃少しそういうものに触れた時期があったと仰られてましたから、その頃に憶えたのではないでしょうか」
そう言えばそんなことを言っていたなぁ、と南は思い出したが同時にそんなすぐに覚えられるものかとも思う。そのことを問い掛けると、
「ええ、恐らく自分で興味を持って勉強したと思います。ご主人様、結構そういうことが好きみたいですから」
家でお経を一人唱える少女……ものすごく怪しいと南が思ったのも無理は無いかもしれない。
阿月の声が途切れ、その両手に淡い光が燈る。
「さて、弔い合戦といこか」
その瞳に浮かぶのは明らかな殺気。その圧倒的な気に気圧され少女達は一歩後退るが、殺気に気付きもしないのかそれとも破れかぶれなのか霊の一体が阿月に向かって突進する。
「注意したほうがええ。今のウチは力の加減がきかへんから」
突撃してきた霊の頭を握りつぶし、阿月は言った。
「うっわ〜、屠殺場って感じ?」
「ご主人様も似たような事を言ってましたけど?」
まさにそこは屠殺場と化していた。次々と襲い掛かってくる霊達の胸を拳で突き破り、回し蹴りが首から上を吹き飛ばす。これが生身の人間相手でなくて本当に良かったと南は胸をなで下ろした。もしそうならば、間違い無く見るに絶えない悲惨な情景になっているはずだ。
「でも阿月ってあんなに強かったんだ」
「ご主人様は自分が傷つくより他人が傷つくことを恐れるような方ですから、今まで無意識のうちに手加減していたのだと思います」
「で、ブチ切れて手加減がきかなくなった状態がアレだと」
「恐らくは」
ここで自分が元気な姿で立ちあがったらどうなるかと思うのだが
「ですから、死んだフリ。もう少ししておいて下さいね」
しっかりと巨椋は南にクギをさすのだった。