東京ガーディアンズ

■夜に踊れば 5/12

-- Dialogue6
  この仕事が終わったら見つけられるかもしれない。
  東京を守る理由が。

 新宿御苑は普段から入園料がかかるなど普段から管理されており、夜は入れない。が、阿月と南はその中にいた。理屈はいたって簡単。人目のないことを確認してから塀をよじ登ったのである。
「ふむ、これで前科がまた増えたわね」
「あはは、私達ってば今日だけで前科何犯なんだろうね〜」
 言い逃れのしようもない不法侵入だというのにのほほんとした雰囲気で二人が話せるのは、『お仕事』上に関する財団のサポートが信用の置けるものだと知っているからである。現に、無造作に歩いている現在も警備員がやってくる気配は全くない。
「さぁて、さっきは不覚を取ったけど今度は負けないわよ〜」
 夜ということもあって視界はあまり良くないが、ざわめく霊たちの存在が二人に少女たちの居場所を教えてくれる。
「事故るのは確かに違反者が悪いけど、だからって八つ辺りで事故を起こさせるワケにはいかないのよね」
 それは南に向かって言ったのか少女達に向かって言ったのか。少なくとも霊のざわめきがはっきりと感じ取れるところまで来ると、ぴたりと騒ぎがやんだのは二人を警戒している証拠だろう。
「この子たちも私たち同様、相手の過失による事故で死んだの。車社会の無責任な人たちの犠牲者よ……彼らにも味わわせないといけないの」
 声と共に先ほど戦ったのと同じ少女二人が二人の前に現れ、凄い速さで回り始める。
「いや〜、あなたたちにあえるって聞いたから、わざと違反したんだけど」
 この状況が分かっていないのか、それともわざとなのか南がのほほんと言う。少女達もどっちの影響かは分からないが戸惑いの表情を浮かべた。
「何故事故を起こすのか調べるように依頼されてね……。ごめんなさい」
 ここぞとばかりに阿月が頭を下げると、ますます少女達は混乱したのか走るのをやめ、二人の様子をうかがい始める。
「ところで、さっきひたすら回ってたけど目、回らないの?」
 頭をあげた阿月がぼそりと言う。
「え、なんでだろう。そんなこと考えたことも無かったわ」
「いや、私なら絶対にフラフラになってこけると思うけど」
 南はいきなり始まった世間話に戸惑うが、阿月に目配せされ思わず話を合わせる。
「うんうん、ぜったいそうなるって」
「それに、そんなに速く走れるんだったら車なんか必要無いよね。うらやましいな」
「あなたたちも私たちの動きについて来れるのなら大したものだと思うわよ」
 そして、三人で笑い合う。ただ南だけは話の流れについていけず見守るだけだが。
「天国には車なんからないだろうから、きっと便利よね」
 少女の一人が空を見上げ、ぽつりと呟く。その呟きに南がはっとするが阿月の視線に気付き、できる限り平静を装おう。
「そうだね。きっと、便利だと思うわ」
 寂しそうに笑う少女達に最初にあった強暴な瞳の色はもうない。
 うわぁ、舌先三寸で勝ってるよ〜、と南は思うが心の中で呟くだけで声には出さない。それに、不用意なことを言えば逆効果になりかねない。
「さて、この子達が事故を起こしていた原因も分かったことだし帰ろうか。夜更かしは体に悪いしね」
 そのまま話術で成仏させてやるものとばかり思っていた南は思わずこけそうになる。
「なななな、なんでよ!なんとかしようって思わないわけ!?」
「いや、だって私たちが依頼されたのって疾走少女の詳細について調べることで、それ以上のことをしろとは言われてないわけだし」
「だけど!!」
「それに、成仏させるにしてもお坊さんとか神父さんの仕事じゃない。そもそも彼女達はこの世に恨みがあって事故を起こしてたわけで、この車だらけの社会でどうやって未練を断ち切らせるっていうのよ。どうせ、加害者は真っ先にやられてるだろうしね」
 よどみなく言う阿月の言葉に少女達が戸惑ったように頷く。さすがに彼女達もこういう展開になるとは思っていなかったらしい。
「ま、私たちにできることっていえばこの子達にこれからは事故を起こさないように交通違反を取り締まってもらうように約束してもらうこと位じゃない?」
「いや、だからこの子たちが存在していること自体が問題だと思うんだけど」
「無害なものにまで手を回せるほど財団もヒマじゃないでしょ。それに、多分悪いのはこの子達じゃないだろうから」
「あ〜、なんとなく分かってきた。要するに黒幕をぶちのめしてやろうってワケね」
「そういうわけだから大人しくぶちのめされてもらいたいんだけど」
 阿月が茂みに向かって言い放つ。
「そ。夜更かしはお肌の大敵なんだからね〜」
 そこから感じられるあからさまな邪気を南も感じ取ったのかバカにした口調で茂みに向かって言い放つ。
「それとも数の暴力で攻めなきゃ私達にも勝て……きゃっ!!」
 調子よく兆発を続けようとした阿月の体が黒い影が突き飛ばした。

 そこに現れたのはイタチのような魔物だった。ただし、大きさはイタチの比ではないが。
「痛いなぁ、もう」
 景気よく吹き飛ばされた阿月を見て南は思わず目を見張るが、致命傷ではなかったのを見て安堵の溜息をついた。
「アイツが黒幕?」
 手当ての前にとりあえず出てきた魔物の対処を優先することにし、少女の一人に聞く。
「ええ、一緒に違反者を懲らしめようって……」
「ふ〜ん、ホントに数の暴力で攻めてたんだ。阿月の言うとおりじゃん」
 その言葉に巨大イタチのこめかみが引きつる。
「なにしてるんだ!そんな奴らを信じるな。違反者など殺しても誰も悲しまん!!」
「いや、その発想は間違ってるとおもうけど……って!?」
 すぐ隣に生まれた殺気に反射的に南が飛び退ると、さっきまでいた場所に少女の拳が突き刺さっていた。その瞳に宿っているのは強暴な、色。
「え〜、一緒にボコボコにしてやろうと思ったのに!!」
「どーゆーことよっ!!」
「あの子達、あいつの妖力に感化されてるみたい!多分黒幕を潰せば元に戻るはず!!」
 阿月は戦力外とみなされたのか少女達は南と装甲天使を激しく攻めたてる。それを必死に避けながら――阿月は座ったままだが、叫び合う。
「黒幕って言っても、あれじゃあ殺れないなぁ……」
 巨大イタチがどれだけの体力を持っているのか分からないし、それ以前にそこにたどり着く前に少女達に倒されるのがオチだろう。
「しょーがない。痛いだろうけど悪く思わないでねっ!!」
 軽く息を吐いて、金属バットを振りかぶり
「振り子打法っ!!」
フルスイングしたそれは一体の霊に当たり、その霧のような体を遥か彼方へと吹き飛ばす。
「さあ、次の球は誰?」
 淡い光を帯びた金属バットをイチローのように突き出し、南は不敵な表情で言い放った。

「大丈夫ですか?ご主人様」
 黒髪に黒い瞳を持つ阿月の装甲天使が問い掛ける。
「うん、動けないってほどじゃない。それより南ちゃんは?」
 阿月の装甲天使が指を差した場所には、次々に襲いかかってくる霊を金属バットで薙ぎ払っていく南の姿。
「うわ、なんか一方的な試合展開って感じ?」
「ですが、流石に疲れが出ているようです」
 次々と現れる霊達に対したった二人で相手をしている南達には確かに疲労の色が色濃く出始めていた。更に、霊達のボスともいえる少女達は南達の攻撃を巧みにかわしている。
「装甲天使の稼働時間もそろそろヤバそうだし、私達も行った方がいいわね」
「はい、ご主人様」
 二人が立ちあがり臨戦体勢をとって走り出そうとした時、南の装甲天使が突然動きを止める。
「稼動限界です!急ぎましょう!!」
 動きを止めた装甲天使を警戒してか、霊達は一瞬動きを止めるが少女達は南の顔に一瞬だけ浮かんだ焦りの表情を見逃さなかった。
「しまっ……」
「南っ!!」
 阿月がフォローに回る間もなく少女の放った攻撃が南を直撃した。


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