東京ガーディアンズ

■夜に踊れば 4/12

-- Interval

「何なのよ、これは」
 白目をむいて痙攣している巨大犬をつつきながら阿月は呟いた。
「保健所を呼んだほうがいいかな?」
 野良犬を引き渡す要領のようなものだろうと勝手に納得し、携帯電話を取り出そうとして――保健所の番号なんて知らないのでやめにする。
「……とりあえず、見なかったことにしよう」
 出した結論は至って簡潔。不祥事を隠蔽しようとする省庁の気分に浸りながら阿月はは巨大犬に背を向けた。
 今になって思うのは、もっと迅速に判断をしていれば、この経験は突発的な人生のイベントの一つとして思い出にできたのだろう。
 あらかじめ仕組まれた出来事のように財団のスカウトが来る前にその場を立ち去っていたならば。


-- Dialogue5
  仮面を引き剥がされたら……どんな表情をすればいい?

「起きた?」
「うん」
 目を開けるとそこには南と装甲天使達の心配そうな顔があった。
「ごめん」
「別にいいよ。阿月が女の子たちを引きつけておいてくれたおかげでうまくいったから」
「私ってば囮……?」
 真剣に友情の危機を感じる阿月である。
「ま、このコ達が来てくれてなかったらマジでやばかったけどね」
 二人の装甲天使がにっこりと笑う。どうやら、保険にと装甲天使を待機させておいたのが功を奏したらしい。
「考えることは同じってことかな」
「まあね。でも逃げられちゃったから追いかけないと」
 舌を出して気楽に言う南とは対照的に真剣な顔で阿月は南のおでこを弾いた。
「逃げられたって……どこによ?」
「下の方。ってゆーか、力強すぎるって」
 おでこをさすりながら南がうめく。
「とにかく行かなきゃ。下のほうには一般人もいるだろうし」
「そうだね。でも、その前にちょっといい?」
 立ち上がろうとした阿月の顔をいつになく真剣な顔で南が覗き込んだ。
「人殺し、って……どういうこと?」

「そのままの意味よ。『お仕事』で人を殺したの」
 一瞬だけ泣きそうな顔になり、しかし笑顔でとんでもないことをあっさりと阿月は言ってのけた。
「それは……」
「分かってる、『東京』を守るためには仕方のないことだって」
「うん」
 反論しようとした南は先に言いたいことを言われてしまい、思わず頷いた。
「でもね、『東京』って何なんだろう」
 それは以前から抱いていた疑問だった。
「こっちに来てからこの街の暗い部分をいっぱい見せられて、それで東京を守りたいって……東京が好きだって思えるのかな」
 張りついたような笑顔。それが何故か泣き顔のように見えて南は拳を握り締めた。
「東京っていう漠然としたものをいつか本当に守りたいって思えるかな」


-- Interval

 始めはゲーム感覚だった。
 東京を襲う異形の怪物をやっつければそれでゲームクリア。ただし、そこにあるのはゲームのようなバーチャルの世界ではなくリアルな質感を伴ったモンスター。
 高校に空手部がなかったし、ちょうど道場にも通ってなかったので趣味と実益を兼ね備えた『お仕事』に喜びすら感じていたのだ。
 そして、ゲームは同じ人間すらも敵として登場させてきた。その敵を倒し――殺したとき、ある表情を浮かべようとして……それが出来なくて、気を失ったのだ。

「さて、しんみりとした話はこれくらいにして行きますか」
 阿月が立ち上がる。
「大丈夫?ダメだったら休んでてもいいし」
「バイクで行った方が早いでしょ。それにね」
 一呼吸の後、いつもの笑顔に戻りバイクに向かって歩いていく。
「依頼された仕事はしっかりこなさなきゃ」
 その姿を見た南はしばし思案した後、阿月に向かって銀色の球状の物を投げつける。投げられたそれは、阿月の後頭部にクリーンヒットし、清涼な音色を響かせながら落ちた。
「痛っ」
「かずまから貰ったお守りだけど貸してあげる。財団特製の鈴だし気休めくらいにはなるでしょ」
「そりゃどうも」
「そ、れ、か、ら!」
 ずい、と顔を近づけ、
「『東京』を守るんじゃなくて東京にいる『大事な人』を守りたいって考えてるんだけどね〜、私は」
そして、阿月の額を弾く。
「それって、和真くんのこと?」
「かずまだけじゃなくて、ココで私が今まで会った人にこれから会うかもしれない人。ひっくるめて言えば『東京』ってことになるのかな」
 笑顔。とびっきりの笑みを浮かべ、南は言ったのだ。
「だから阿月も隼人さんのために頑張るとかね☆」
 その言葉に阿月の頬がみるみるうちに赤くなり、見事なまでに姿勢が正されたのだが、夜だということが幸いしたのか、その姿に南が突っ込むことはなくバイクは動き出した。
「人の恋路って面白い〜♪」
 そんな鼻歌が聞こえたと後に装甲天使達は証言するのだが。


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