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■堕ちた天使の舞う夜に:長良川広久さん作

プロローグ

 打ちっ放しのコンクリートに覆われた無機質な空間に、乾いた銃声が一定間隔で響き渡る。
 ショットバー「ロングワインディングロード」地下のシューティングレンジには、ダークスーツの長身の男が一人。
 浅黒い肌、彫りの深い顔立ちから、一目で日本人ではないとわかる。身長こそ高いが、肉体自慢の巨漢という印象はなく、無駄のない引き締まった体格がスーツ姿のシルエットからうかがえた。甘い微笑みを投げかければ、少なくない割合の女性を虜にできるだろう。
 しかしその男の顔には、およそ人間らしい表情というものは見出せなかった。
 黒い瞳だけを最小限に動かし、淡々と引き金を引く。大型拳銃を手慣れた様子で操り、次々と現れる移動標的を一発のミスもなく撃ち抜いていくが、どれほど正確なピンポイントシューティングを決めても、その顔に満足や喜びといった感情が表れる様子は全くない。
 切れ長の瞳にも感情の揺らぎなど一切見せることなく、黙々と出現したターゲットをシュートし続ける男。
 その瞳の奥底に本当はどのような情動が宿っているのか、それを知る人間は非常に少ない。
 だがその男自身は、己の内に眠る巨大な怒りと憎悪、そして悲しみを、いやになるほど自覚していた。
 それを他人には悟られたくなかったから、あえて冷徹で無感情な振る舞いを身に付けた。人間関係においてもしかり、そして両手に収めた戦闘拳銃ベレッタM92Fを実際に使う場面においてもしかりだ。
 かつて己の無力さ故に守れなかった女性の、温かい笑顔。
 かつて己の愚かさ故に銃を向けてしまった女性の、優しい微笑み。
 銃を手にすると不意にフラッシュバックしてくるそのトラウマを意識しないために身につけた、精神的な防衛反応。
 それを自覚しつつも、未だに人との絆を築くことのできない、脆弱な心を硬い殻で覆ったままの自分。
 ただ機械的に反応して撃ち続けている間だけは、その自己嫌悪を忘れることができる。
 人ならざるモノたちとの戦いで暗い憎悪をみなぎらせ、極限の緊張状態を維持している間だけは、過去の幻影に苛まれずにすむ。
 だから、今のままではいけないと知っていながら、未だにその殻から脱することができないでいる。

 ――俺は、何と戦っているんだ。
 ――闇に蠢く魔物か、それとも自分の中で牙を研ぐ憎しみという名の魔物か。

 何度となく繰り返し、答えを求めることに挫折してきた自問自答をまた虚しく繰り返しながら、男は最後に残った2発の弾丸をダブルタップで撃ち込んだ。円形の的の中心に2つ、ほとんど重なるようにして弾痕が刻まれる。
 一つ息を吐いて集中を解き、ヘッドフォン型のイヤープロテクターを外した男の顔からは、やはり何の感情も見出すことはできなかった。

 男の名はセルヒオ・カレス。
 東京の闇に蠢くモノどもを討つことを生業とするギルドメンバーの一員でありながら、以前は同業のギルドメンバーからも「闇を喰らう亡霊(ファントム)」と呼ばれ、疎まれていた男。
 そして今――亡霊と呼ばれた男の前に、死と破壊の天使が舞い降りようとしていた。

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