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■Report-24 バレンタインデーは死の予感

【5】

 ここ数日、加古川琳と崎守透の二人はひたすら都内を彷徨っていた。目的の場所は、廃工場、ビルの工事現場、港の古い倉庫、鉄道の車庫、他。
 最近起きた事件の周辺でこれらに適合する場所をくまなく捜索する。
 もちろん地図などに細かい条件が載っているわけでもなく、歩きながらそれらしいところを見つけたら突入と、まさにシラミ潰しだ。
 今日ももうすっかり日も暮れて、深夜に近い。いつもよりパトロールの警官も多く出ており、二人は途中で何度も職務質問――というか補導されかけた。これはもっぱら琳の中学生(の女子)に見えかねない容姿によるところが大きい。仕方がないと渋りながら琳が出した学生証を手にした時の警官の顔は忘れられない。
 それにしても、いつもなら疲れたとか休むとか口走りそうな状況にも関わらず、琳は全然弱音を吐かなかった。
「少し休みませんか?」
「いえ、もう14日になっちゃったですし、一刻も猶予が無いです。頑張るです」
 いつものおどおどした態度ではなく、何かを確信している。そんな表情で、琳は手際よく地図に印を書き込んでいく。彼の頭の中では物事が整理されているらしい。
「琳さん、今まで見てきた場所なんですけど、何か理由があるんですか?」
 何故これらの場所を捜索しているのかと、透はずっと気になっていた。捜索中、琳は「火薬の量が」とか「車が吹っ飛ぶ」とか、物騒なことをぶつぶつと口にしていた。
「刑事さんが殉職するのが必然だとすれば、東京広しといえどおのずと現場は限られてくるです。ましてや、今までのお巡りさん襲撃事件の犯行現場はそう広くない範囲でしか起きてないですから、ある程度は範囲も絞れるですし」
「そんなもんなんですか?」
「そんなもんなのです」
 自信たっぷりの琳の言葉に、透はそれ以上理由を聞くのを止めた。答えを聞いても、きっと理解しがたい――いや、判りやすいぐらい判りやすいに違いない。多分。
 とはいえ、前もってその場所で事件が起こることがわかるわけでもなく、今のやり方ではその刑事さんを助ける為には偶然その場に居合わせねばならない訳だが、そのことについて透は尋ねるようなことはしなかった。
 というか、これで都合よく犯人と鉢合わせなんかしたら、警察の必死の捜査に申し訳ないような気がしなくもなく。
「……とーるさん。なんか疑ってるですね?」
 唐突にぴたりと足を止め、琳は振り向くと顔を上げて透の顔を半眼でじ〜っと見つめた。
「琳さんを疑ってる訳じゃないです。でも、本当にその現場に出くわすのかどうか……」
「それを疑ってるっていうですよ」
 琳はちょっと機嫌を損ねたように腕を組んで口をへの字にした。
「とーるさん、運命はかえられると思うですか?」
 唐突に質問され、透は返答に困った。琳が何を言わんとしているのか見えなかったのだ。
「僕は、変えられるといいなって思うです。もしかしたら、変えたと思ったことでさえ、それが実は運命なのかもしれないですが」
 いつも自信なさげに落ち着かない琳が、きゅっと口を閉じ、握った自身の拳をじっと見つめた。
「刑事さんが殉職するのが運命の一つだったとしても、僕たちがそのことに気付いてしまったです。これは殉職しないという運命もあるということです。僕たちがこの事実に気付いたことは偶然であっても、結果は必然なのです。そしてすべては因果律の中にあるのです! 宇宙の真理、道理なのですッ!」
 握りこぶしをぐっと持ち上げ、気合のこもった声を上げる琳。
「つまり、僕たちが動けばおのずと現場に居合わせることも可能ってことです」
 というか。
「それってご都合主――」
「しゃーらぁっぷッ!です」
 ビシッと、琳は指をそろえた手のひらを透の口元で止めた。
「ご都合主義ならこんなに動き回る必要がないと思ったですね? 否、変える努力をしなければ、ご都合主義とて訪れることが無いものだと思うです。その結果の運命ですから!」
 透は苦笑した。琳のこの自信を、もっと別の方面でも発現できればよいのだけれど。
 透は自分の口元に出されていた琳の手を取り、そっとそれを握ると腕を下げた。
「琳さんには負けました。どこまでも付いていきますよ」
「ありがとうです、とーるさん」
 琳は満面の笑みで、自分の手を握る透の手にもう片方の手を重ねた。

 そして、しばらく歩き回った二人が見つけたのは、白い工事用の幕に囲まれたビルの工事現場だった。風で、幕がバタバタと音を立てていた。
 現場を見上げて、琳が呟いた。
「なんだがすっごくヤバゲな場所なのです。殉職フラグ的デジャヴをビンビン感じるです」
 確かに、ドラマで意味ありげに画面に登場したら、いかにもと思える場所だ。
 二人は耳を澄ました。わずかに人の気配を感じる。お互いの顔を見合わせ、頷いた。
 透を先に現場の中に足を踏み入れようとしたその時。
 乾いた破裂音が響いた。

 北斗はP230JPのマニュアルセイフティを解除し、スライドを引いて初弾を薬室に送った。装弾数は5発。携帯を許された予備のマガジンを含めても10発。
 奪われた警官の銃・ニューナンブM60の装弾数は5発。警官を撃った2発がこの銃から発射されているのは確認されている。先ほどの射撃も、恐らく同じだろう。もう一丁、最初の襲撃で奪われた拳銃はニューナンブM60の後継として採用されているS&W‐M37。こちらは装弾数5発が丸々残っているはずだ。合わせて残数7発。
 弾数は少々心もとないが、相手も同じ様なもののはずだ。
 いつ頃からなのか、鈍い痛みをこめかみのあたりに感じるようになっていた。ぎりぎりと奥歯を噛み堪える。この症状には覚えがある。それは、死者の姿が見えたり、霊的現象が身近に起きたときに、よく身体に起こる異変だ。けれど、エレーヌのロザリオを貰ってからは、そのようなことをほとんど感じたことは無かったのだが。
 青白く光る何かは、まるで導くかのように、北斗が見失わない程度に距離をおきながら先を行く。その後をついていきながら、街灯の明かりを頼りに足元を確認しながら建物に侵入した。建物といっても、まだ鉄骨が組まれ一部床が作られ始めているだけのものだ。
 北斗は太い柱の影に身を隠し、声を上げた。
「長谷川。無駄な抵抗はやめて、おとなしく出て来い。周辺は封鎖した。逃げられないぞ!」
 少々気が早い内容ではあるが、それも時間の問題のはず。だが、エコーのかかった北斗の声に返答は無く、沈黙のみが続いた。
 返答は期待していない。ちょっと追い詰められたくらいで投降するような相手ならば、そもそも無茶な事件など起こさないからだ。自らの位置を相手に教えるようなものだが、警告と説得は必要だ。
 ねっとりとまとわりつくような濃厚な気配を感じながら、陰から陰へと素早く歩を進める。身体は強い不快感を覚えていた。ずいぶんと久しい感覚だ。高熱を出した時に覚えるどこか地に足がついてないような浮遊感。胃の辺りにはもやもやした感触がある。それが意味をするところは――
 冷たい鉄骨の支柱を背にして耳を澄ませる。人が歩く音。距離はある。近付いている。音が止まった。
 次の瞬間、長谷川は予期せぬところへと現れた。
 北斗の、正面へ。

 乾いた破裂音が響いた。続けて2回。
「銃声?!」
「行きましょう!」
「とーるさん、ちょっと待ってくださいです! ええっと、準備するですから」
 琳は駆け出そうとする透のダウンジャケットの袖を掴み、呼び止めた。
 微妙に及び腰で、琳はどこからともなく先端にハートと翼をモチーフにして煌く宝石のような飾りをつけた1本のロッドを取り出した。ギルド謹製プリンセスロッドだ。
 きゅっとそのステッキを胸の前で両手に握りしめ、目を瞑ってスッと深呼吸を一つ。
「いくです!」
 琳の気合の入った一声を合図に、ロッドの先端の飾りが光り始めた。
「フングルイ・ムグルウナフ・クトゥルフ・ルルイ――もが」
「そ、それはヤバイですよッ!」
 慌てて透が琳の口を手で塞いだ。怪しいものを呼び出されてはたまらない。
「咄嗟に頭に思い浮かんだ呪文だったですけど……。じゃ、じゃあ……リーテ・ラトバリタウルス・アリア痛ッ」
 舌を噛んだらしい。というか、あえてコメントは避けるが、これだって問題ありなような気が。
「んとんと。とくれせんたぼーび、はちょっと短いですし」
 腕を組んで首をかしげる琳の様子をじっと見る透。
「もしかして、呪文、決まってないんですか……?」
 つい、つっこんでしまった。
「今まであまり外でちゃんとした変身はしなかったですから。やっぱ、こういうのはパ行の方が良いですよねぇ」
 えへへと苦笑する琳にどうコメントしたものやらと、透も苦笑するしかない。
 琳は腕を組み、う〜んと考え始めた。
「テクマクマハリクルクルクルクルええとええと…………」
 こんな調子がしばらく続いた後。
「パパパパパピ、パペ、ポペ………ピピピピピピピピピピピピピ」
 透には、琳の頭から煙が出ているような気がしてきた。
「に、に、に、にぎゃー!」
 琳はぎゅっと握り締めたロッドを勢いよく頭上に掲げた。ほとんどヤケにしか見えない。
 そして、さながら新体操のリボンの演技のごとく軽やかなステップで、ロッドの先端から伸びた光のリボンが綺麗な円を描くように琳は腕を動かした。その琳の様子に、透は慣れを感じた。
「パラリラリッテパラノイア、ネコカンバリカンポチョムキンッ! ヒヤヒヤドキッチョの!」
 左拳を握るとぐっと腕を引き、右腕を身体に交差させナナメ45度に。そして今にもはちきれんばかりの光を湛えたステッキを弧を描くように回す。
「乙女パワーでへーんしんッ!」
 かくして、魔法のステッキは眩く輝き、琳を包み込む。
 眩しさに思わず目を閉じた透がまぶたを再び開いたときには、そこにパステルカラーのフリフリドレスもといプリンセスドレスをまとった少女(ということにしておく)がいた。
「愛と正義の不敗のプリンセス、マジカルリリン見参ッ☆ なのです」
 しゃらーんという効果音とともに、きめポーズ。
 結局は気合だったらしい。
「けど、『見参ッ』はちょっとイメージが違う気がします」
「そ、そですか? うーにゅ。ちょっと考えるです」
「……あまり時間がないですよ?」
「もう現場は抑えたです。なので、正義のヒロインはマジもんのピンチに間に合えばOKなのです」
 正義の味方の世界では、女性の社会進出は世間一般より進んでいて、最近ではハリウッド映画でもヒロインがめちゃ強く、ヒーローが助けられるという時代ではある。時代の流れというものも確かにあるが、ヒロインが斧持って走るようなものばかりというのも、ちょっとロマンが足りない気もしたりする。いや、それよりも本質的な問題として、琳をヒロインと呼ぶことに抵抗を感じないでもない。
 というか、さっき聞こえた銃声は、充分ピンチなのではないかと……。
 ややあって、琳は言葉を決めたらしい。
「透さん、いくです!」
「わかりました。テレポートを使います!」
 二人の姿は、瞬時にしてその場から消えた。

続きます

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