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■Report-16 お茶の時間〜警察署編

 殺人事件の捜査本部が解散し、ささやかながらも開放感を噛み締めながら、大門署刑事課強行犯係の係長、山田康一は自分の席でタバコを燻らせた。
 彼の部下たちも、各々が抱えている書類仕事に戻ったりしながらも、その表情は穏やかだ。久し振りに早く帰宅できる日になるだろう。
 そんな中、彼の部下の大守北斗だけ今も神妙な顔をしてカップを口にしていた。何かをじっくり考え込んでいるようだ。
 大守北斗は優秀な刑事だと山田は考えている。少々頼りなく見えるが、彼の勘と洞察力には舌を巻く。どっしりと構えたタイプではないが、あまり物事に動じない上、人当たりも柔らかいので、一般人相手の聞き込みや説得も任せやすく、実際に効果を上げている。
 ただ一時期心配だったのが、生傷が絶えなかったということだろうか。階段から落ちただとか、鍋を落としただとか、包丁で指を切っただとか。心配事でもあったのか、どうも注意力散漫で見ていて危なっかしかった。ケンカ等ではなさそうだったので安心はしていたのだが。
 事件を追っているときにはそんな素振りを感じさせることはなかったが、こういう何もない時には、やはりちょっと様子がおかしい、様な気がする。
 ここは上司として声をかけるべきか否か。彼は考えた。
「何か問題でもあるのか?」
 声をかけられて、大守はきょとんとして顔を上げた。
「え? 何故ですか?」
「真面目くさった顔でコーヒー飲んでたからな」
 そう言って、彼は大守の手元を見た。だが、中身がいつもと違う。
「紅茶? 珍しいな。コーヒー切れてたか?」
 大守が手にしているマグカップの中を見て、彼は尋ねた。大概、大守はコーヒーを飲んでいる。というか、大守に限らずコーヒーぐらいしか署内で手軽に飲めるものはない。カップで紅茶を飲むのは、わざわざそれを用意するということだ。そして、大守が紅茶を飲んでいるのを見たのは初めてじゃないだろうか。
「いえ、ポットにありますよ。そろそろ入れ替えた方がいいとは思うけど」そこで大守は渋い顔をする。「ヤマさん、紅茶の味の違いってわかります?」
「……なんだ、そりゃ」
「被害者の部屋、ずいぶん紅茶の缶がありましたよね。あんなに種類があって、その違いがわかるもんなのかなって思って」
 時々妙なところから事件の糸口を見つけてくる奴だ。彼は北斗の言葉に意識を集中した。
「もう終わった事件だろう? 何か関係あるのか?」
「いえ、事件とは全然関係ないですよ?」
 大守は何故?という顔をした。そして、少し考えて続けた。
「……なんとなく、紅茶ってどんな味なんだろうって気になったんですけど……可もなく不可もなくって感じですかねぇ」
 普通にお茶だよなぁと考え込む大守に拍子抜けして、山田は苦笑した。しかし、大守はそれだけの理由で紅茶を味わおうなどというタイプではないだろう。裏があるに違いない。
 だが、山田は追及するような野暮な事はしなかった。こっそり様子を見て楽しむに限る……じゃなくて、自分の時間も自由にならず、殺伐とした世間の裏を見る職業なのだ。暖かく見守ろうじゃないか。
 今までの彼の様子を思い出して、ほくそえむ。
「それ、引き出しのティーバッグだろ? アレはそうとう古いぞ。だれも使ってなかったからな」

「ちょっといいかな?」
 突然、話に割り込んできた声に彼女たちは一斉に声の主に注目した。
 見れば刑事課の大守刑事だ。
 ルックスはさほど悪くないが、垢抜けてない人物である。仕事はまあ出来るらしいし人は良さそうなので、美味しい相手ではないが無難な相手としてチェックしている女の子はそれなりにいたりするらしい。
 いままで、基本的に人の話に割り込んでくるようなことが無かった人だけに、彼女たちは首をかしげた。
 複数の女性達の視線に、彼は照れ笑いをする。
「みんな、紅茶に詳しそうだったから。紅茶って、どの銘柄がいいのかな?」
 休憩時間中に彼女たちが話していたのは、新しく署の近くにできた紅茶専門店の話題だ。種類が豊富で、特にフレーバードティの評判が良い。喫茶コーナーもあって、スコーンが美味しいと店に行った女の子が楽しそうに語っていた。
「俺、紅茶のこと全然わかんないし、種類が多いしメーカーも色々あるようだから、なんか手頃なのを教えてもらえると助かるんだけど」
 彼女達は顔を見合わせた。大守刑事と紅茶が結びつかない。全然わからないといっているのだから、少なくとも今まで気にもしたことがなかったんだろうけど。
 好みもあるとおもいますけど、と前置きをして彼女達は各々好きなものを上げてゆく。だが、彼の表情を見る限り、すくなくともダージリンとアールグレイ、セイロン、アッサム等、基本的な種類の違いから説明しなければいけなかったらしい。
 休み時間は、紅茶の講義で終わったようなものだった。
 ただ、その後。
 大守刑事が何故急に紅茶に興味を持ち出したのか等、しばらく話の種にはなっていたらしい。行き着いた結論は言わずもがななのだが。
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