東京ガーディアンズ

■前夜祭 1/5

 2月13日、恋する女の子にとっては聖戦前日というやつである。
「だぁぁぁっ、なんでこんな問題も解けないのよおぉぉぉっ!!」
 それ以外にこれといった特色の無い日のエクリプス財団受付喫茶コーナーに、今日も今日とて八潮南の絶叫が響き渡った。
「んなこと言ったって分かんないもんはしょうがないだろ」
「だ、か、ら、ここをこうやってからこうやってこう!!」
 確かにそんな観念的な説明じゃ理解できるわけないわね、と藤森阿月は自分のノートに英語の訳を書き込む手を止めて溜息をついた。
 普通の学生という表の顔に加えて東京の怪奇現象――妖怪退治という『お仕事』という裏の顔を持っている彼女達には、当然とも言うべきか学校の授業についていくのは普通の学生よりも努力が必要なわけで。
 で、お互いの得意科目を教え合えば勉強もはかどるのではないかと『お仕事』のない日には、こうやって勉強会を開いているのだが。
「もっと具体的な言葉で説明したらいいんじゃないの?」
 巴かれんの核心を突いた発言に阿月は心の中で拍手を送った。
 当然の事ながら、現在この場にいるなかで最年少の13才である三条和真が他の3人に勉強を教えられるわけもなく必然的に教えられる側になるわけで、普段は阿月かかれんか、現在この場にはいないが大学生である風間隼人が教えていたのだが。
「指差し教えてるっ」
 かれんも阿月も自分の宿題に手一杯だったので南が教師役を買って出たのだ。
「自分一人で納得してるだけじゃないか」
 が、お世辞にも上手とは言えない教えっぷりで喫茶コーナーに騒音を撒き散らす事態になってしまっていた。
「和真くん、こっち終わったら教えてあげるから」
 阿月は間近で響き渡る騒音に集中力が途切れてしまったのを惜しみながら和真にそう言い、気持ちを切り替えるために窓の外を見て、
「え?」
思わず声に出して呟いてしまった。


 紺色の詰め襟を着た丸刈りの学生なんて珍しくもないけれど。
「どうかしたの?」
「いや、ちょっと知り合いに似た人が……」
 それだけ言ってもう一度窓の外を見やると、そこに『彼』はいない。
「まあ、こんな所にいるわけないしね。人違いだと思うわ」
「そんなことより早くこっちをなんとかして〜」
 和真の疲れきった声に我に返って英文へと意識を戻し、しかし集中しきれずにもう一度窓の外を見る。
(いるワケないよねぇ……)
 分かりきったことなので落胆はしないのだが。
「ん〜」
 何故か気になってしまい少し悶えてみる。そんなことをしてどうにかなるわけでもないし、誰かが肩をつついて、
「やめたほうがいいんじゃない」
などと言ってくるに至っては自分ってばアホなことしてるよ、と頭の中で一人漫才を繰り広げてしまい、またそれに悶えてみる。
「いや、だからさあ」
「ん、わかってる……って」
 そういえばこの声ってアイツに似てるなー、などと思いながら振り返って、
「えぇぇぇぇぇぇっ!?」
思いっきり絶叫するに至ってはその場にいた全員に注目され、また悶えそうになったのを『彼』に止められたのだが。

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