東京ガーディアンズ

■夜に踊れば 1/12

-- Prologue

 『お仕事』帰りの道で小さく溜息をついた。
 手の匂いをかぐと薄い血の香りが鼻をつく。
「気持ち悪い」
 どんなに洗っても落ちない気がする血の匂い。
「雨が、降ればいいのに」
 澄み切った星空を見上げふと思う。
 そうすればこの憂鬱さにも理由が付けられるから。

-- Dialogue1 雨が、降ればいい

 藤森阿月(ふじのもり・あづき)は自分が熱心な勤労少女であると自負している。
 表向きは普通の高校一年生。だが夜にはエクリプス財団のエージェント、早い話が化け物退治のお仕事をしていたりするのだ。
 脱色したのかしていないのか微妙な茶色の髪のショートヘアーに同じように少し茶色がかった意思の強そうな大きな瞳。そして15歳にしては小さいながらも良く引き締まった体。どこにでもいそうなのに妙に人を惹きつける容姿なのだが、机にうつ伏せになっているその姿は間が抜けていて笑えるものがある。
「あーづきー、なんかお疲れねー」
「うー、昨日夜更かししちゃってさぁ」
「またラジオでも聞いてたの?」
「ま、そんなとこ」
 本当は『お仕事』なのだが。
「寝不足の阿月ってなんかブルーよねー」
「ねーかーせーてー」
 目を瞑って溜息をつく。
 憂鬱なのは寝不足だからじゃない。
 血の匂いが、離れない。
 妖魔の断末魔が耳から離れない。

 狙いの正確でないパンチを難無くかわし、がら空きの背中に回し蹴りを叩きこむ。それだけで敵はあっけなく気絶した。
「こっちは終わったよ〜♪」
 少し離れたところで得意げに金属バットを振り回している相棒を見て敵に対して少しだけ同情した。気絶するという結果は同じでも金属バットで問答無用というのは相当痛いだろう。
「こっちも終わり」
 ぴょこぴょこと猫耳を揺らしながら黒髪をなびかせて駆け寄ってくる八潮南(やしお・みなみ)に対し、阿月はそれだけ言うと携帯電話を取りだし画面の確認をした。
「とりあえず今日はこれで終わりみたい。報酬は明日振り込まれる、って」
 そして倒した『敵』の姿を見て、うつ伏せに倒れている黒づくめの男の背中が上下しているのを確認し、安堵の息を吐く。
「今日はお経を上げなくてもいいみたいね」
「へ?」
 無意識のうちに漏らした呟きに南の猫耳が反応する。
「いや、やっぱり仏さんにはお経を上げてあげないといけないし」
「阿月ってばそんな隠し芸持ってたワケ?」
 隠し芸、と言われ阿月の肩ががっくりと落ちた。
「京都に住んでた頃、近所の大学で毎週公開講座をやってたのよ。結構面白かったからよく聞きに行ってたんだけど、隣の教室では普通の学生向けの授業をやってて、それが謹式だったのよね」
「ごんしき?」
 聞きなれない単語に南が首を傾げる。
「お坊さんになるための実習みたいなもんなんだって。とにかく、普通の話に混じってお経がえんえんと聞こえてくるのよ。一年間通う頃にはなんとなく覚えちゃった」
「ふーん、すごいね〜」
 感心したように溜息をつく南に対して、しかし阿月は舌を出し少し眉をたらす。
「ただ、その大学って浄土真宗だったから問答無用で南無阿弥陀仏しか唱えられないんだけどね。やっぱりある程度の宗派はマスターしといた方がいいかな?」
「あのさぁ、それって相手の宗派がどこか分かりっこないんだから意味無いんじゃないの?」
 呆れたような南の突っ込みに、阿月は初めてそのことを知ったのか南の背中をバンバンと叩き、
「隠し芸にはなるじゃない!隠し芸には!!」
必死に誤魔化そうと無駄な努力をしたのである。

 分かっていたのだ、自己満足であることくらいは。
 倒した相手が救われるために祈るのではなく自分の罪悪感を少しでも軽くできればいいだけなのだ。どうしようもない自己満足だと理解はしている。
 しかし、この街を守るためとはいえ、ただ言われるがままに殺戮を繰り返している自分に納得ができるほどこの街を愛しているわけではないのだ。
 この、東京の街を。


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