BACK
カルディネア・サーガ エピソード13
ソル・アトスの姫君
プライベートリアクション in KB
INTERMISSION 6
『やっぱり豆って、奴らに有効なんだろうか?』

 練兵場が騒々しい。
 傭兵隊長ヴィルヘルム・ワグナーはいつもより身なりの良い格好で、城門をくぐり王宮へ向かって馬を進めていた。完全武装はしていないが、武人の常で剣と短剣は腰に佩いている。八旗長の一人、鴉旗長モンテフェルトロと次のテサロニカ派兵について話をするために、彼は城に来たのだ。
 その彼の耳に入る喧騒は、イスファハインに来るまで聞きなれなかった音達だった。
 戦鳩エーレの鳴き声だ。
 戦鳩エーレはグリフォンやセレスティアのファルコン程の体躯と攻撃力は無いが、繁殖のし易さと扱いやすさでこのイスファハインの空戦力の主力を担っている鳥だ。王弟であるグレンワードが騎乗するのもこのエーレである。
「……巨大な鳩といったほうが正しいかもしれんがなぁ」
 ヴィルヘルムは苦笑する。見た目はともかく、性質まで同じかはわからない。確かめてみたい気もするが、阿保らしくて今まで誰にも聞く気にならなかった。
 大きな影が、地上を走る。巨大な鳩が練兵場の上空を何羽も飛んでいた。良く見れば、それが模擬戦をしているのが判る。
 ふと興味を持って、ヴィルヘルムは練兵場へと馬首をめぐらせた。まだ、モンテフェルトロとの約束まで時間はあるはずだった。

 城門から離れ、正面に鎮座する王宮からは隠れるような位置にその練兵場はある。
 近づくにつれ、緊張感を削ぐそうな鳩の鳴き声がハッキリとしてきた。練兵場というにもそれは広大な敷地だ。ヴィルヘルムが立つ土地から15ラングほど低いその敷地内に何百羽ものエーレが整列し、エーレの横には武装した騎士が手綱を手に模擬戦に参加する自分の出番を待っている様子が見渡せた。
 騒々しいエーレの鳴き声に少し顔をしかめながら、ヴィルヘルムは自分と志を共にする同志で、今は空戦隊の一つを率いる飛将軍であるラドウィン・リュークルードを探した。
 彼は部下の訓練に熱心だった。だが、ヴィルヘルムから見える位置に、彼の姿は見当たらない。ラドウィンが騎乗しているのはグリフォンで、体長はエーレの2倍はないくらい。それだけに、エーレの中にいるのであれば目立つはずだった。いないのであれば、それはラドウィンの指揮している部隊ではないということだ。
 だが、ヴィルヘルムはその場を動かず、彼らを観察しつづけた。イスファハインに傭兵としてやってくるまで、彼らとはとんと無縁だった。ノディオン連合の時代には、イスファハインを敵にして戦うことが無かったからだ。ノディオン連合の兵士として戦場に立った時、地上兵力と空戦兵力との運用の違いで、やはり彼らと同じ時間同じ戦場で戦うことも無かった。ただし、セレスティアとの戦いの時にグリフォンに騎乗したラドウィンと一緒に行動したことがあったが、やはり空戦兵力の運用は一筋縄ではいかないというのが感想だ。
 しばらくすると、上空からエーレが舞い降りて、地上から別の隊が飛び立つ。空中戦も当然ながら熟練を必要とする。前後左右、そして上下からの攻撃と防御は地上で戦うものには想像しがたいものだ。しかも、騎から落ちれば、即、死に繋がる。
 まぶしいながらも目を細めて空を見上げれば、複数のエーレが複雑な動きを見せていた。エーレは単騎での戦闘能力や機動力はグリフォンに及ばない為、戦い方に工夫が要るようだった。そもそも、希少性のあるグリフォンやリュクセールのワイバーン、ペガサス、繁殖力が低く扱い辛いセレスティアのファルコンは、実のところ数の上では多くはない。訓練されたエーレと騎士を多数揃える事が出来れば、制空権というものは取れるのである。
 それゆえに、訓練には余念はない。また、その訓練も命懸けだ。空戦隊を志願し、または選別され配属された兵や騎士には、よい意味でのエリート意識が強いのもその為だろう。
 辺りを一通り見渡して地上に視線を戻した時、休息を取っている部隊の中に、ヴィルヘルムはようやっと知った顔を見付けた。
 ディニス・ロルアーグ、義勇軍で出会ったときにはすでにラドウィンの副官として付いていた騎士だ。緩やかなウェーブの掛かったブルネットの髪の優男で明らかに女性にもてるタイプ。着痩せするのか、ラドウィンに比べるとかなり華奢に見えるが、それなりに腕は立つ男だった。以前は軍馬に騎乗していたが、現在はエーレで戦場を駆っている。彼がいるということは、ラドウィンもこの場にいるに違いない。おそらく、エーレの騎士たちの仮想敵として、上空にでも。
 ラドウィンが将軍に任命されてから、彼の直接の部下だったもの達は戦鳩エーレへの騎乗を余儀なくされている……と云う話をヴィルヘルムは思い出した。ずっと騎馬で戦ってきた者達に、空で戦えというのは結構辛いことだ。ラドウィン自身もそれを判っているが、そうせざるを得ない理由が彼にはあった。
 何か事をする時、それが国にとって一大事で人に知られずに行わなければならない作戦など、気心の知れた部下だからこそ任せられる仕事があり、またそれを遂行できる能力が部下には必要だった。
 国の一大事、それは決して例えではない。現在彼等L’eclaerを名乗る同志は3人。先に述べたヴィルヘルム・ワグナーとラドウィン・リュークルード、そして女性騎士のシルシュ・タービュレンだ。三人はある一人の男によって企てられた陰謀を阻止しようと常に動いてきていた。その結果、ラドウィンは王弟グレンワードに近しい立場をとり、ヴィルヘルムはモンテフェルトロに近いポジションにいる。立場上はラドウィンの指揮する空戦隊の騎士であるシルシュは、公的にラドウィンがフォローすることによって自由に動ける身を最大に生かし、秘密裏に行動することがほとんどだ。しかし、それぞれの立場のため、彼ら三人がそろって同じ時間を過ごすことは滅多にない。また、この三人の関係を熟知しているのは、彼ら以外に王弟グレンワードだけのはずだ。
 彼らが行ってきた作戦は、目に見えて派手なものではない。おそらく、ほとんどの人間は気付いてないだろう。そして、かの人物も。だが、知られれば只では済まされないような危険なことも行ってきている。それだけに、何事にも慎重に、そして上手く事を進められる、口の固い部下が彼らには必要だった。そのことをラドウィンの部下たちも心得ているのか、文句も言わずに厳しい訓練を受け入れていた。
 その時、一段と大きな影がヴィルヘルムの頭上を過ぎた。グリフォンだ。ヴィルヘルムの騎馬が鼻を鳴らし、一瞬足を乱した。
 金髪の若武者が、グリフォンを着地させるや否や、その肩から飛び降りヴィルヘルムに駆け寄った。
 動きに一々無駄が無いもんだ。と青年の動きにヴィルヘルムは素直に感心した。
 その彼と義勇軍で知り合ってからしばらくになるが、以前に比べて大人びた感じがする。それは、いくつかの戦場を切り抜けたという経験のせいだけではないだろう。
「やあ、リュークルード将軍。精が出ますな」
 ヴィルヘルムはわざとらしい他人行儀な言葉と含みのある笑みで、金髪の若い将軍、ラドウィン・リュークルードを迎えた。彼の革の補強を要所に付けた深緑の服は汗を吸い込んで黒っぽい色になっていた。案の定、彼は他のグリフォン騎士に混じって直接兵達の訓練に参加していたのだろう。かなりハードな仕事だろうが、疲れた表情を見せない青年にヴィルヘルムは若さを感じた。
「テサロニカへの出陣が決まったからな。ヴィルヘルムはモンテフェルトロ将軍と会談か?」
 汗を袖の端でぬぐいながら、ラドウィンはヴィルヘルムの服を見る。
「まあな。王宮でなきゃこんな堅苦しい格好はしないんだがな」
 ヴィルヘルムは肩をすくめる。その様子にラドウィンは素直に笑顔を見せた。初めて会ったときにあった少年の面影は形を潜め、今では騎士として成長した青年がそこにはいる。
 騎士には、役職に関係無く、王の剣と盾である義務がある。
 『飛将軍』に任命されてからの騎士ラドウィンにとって、一騎士の頃とは違い、その騎士や騎兵たちを指揮管理するのが義務であり、それらが仕事となっていた。
 先のセレスティアとの戦いで多くの士官を失ったイスファハイン軍に、若い王は自分と歳のあまり変わらない騎士や傭兵を将軍や要職に付けた。全体に若返りを目論み、より自分に忠誠ある軍を作り出すということもあるだろう。だが、それ以上にベテランの指揮官の損失があったのかもしれない。だからこそ、ラドウィンのような若者が将軍職に多く就き、それぞれの職務に従事している。  ただ、やはり部下になる人間には、いくら優秀な人物であっても自分より若く経験の少ない上官に反感を抱く者もいるであろうことは、容易に想像できる。その彼らに自分を認めさせることは、一朝一夕にどうにかなることではない。少しずつ信頼と信用を積み重ねていかなければならないことなのだ。
 その面倒事を巧く乗り越え、また良い状態なのだろう。その自信が、以前と違う彼にしているのだとヴィルヘルムは思った。
「丁度……話があるんだ」
 ラドウィンは軽く腕組みをし、真剣なまなざしをヴィルヘルムに向けた。
「その派兵についてか?」
「ああ、考えたいことがあって」そこで、ラドウィンは辺りに人がいないのを確認すると囁くような声でヴィルヘルムに言った。
「近いうちに……いや、今晩にでも集まれるだろうか?」
「今ここを通りかかったのはついでだが、そのことに付いては俺も考えがあってな。連絡をつけようと思っていた所だ」
「じゃあ、シルシュにも連絡しないと」
「それは俺が伝えておこう。場所はお前さんの屋敷で良いのか?」
 ヴィルヘルムの問いに、彼はうなずいた。
 その時、ラドウィンを呼ぶ声が聞こえた。ディニスがエーレにまたがり、飛び立とうとしている。ラドウィンが彼に訓練を続けるよう手で合図をすると、空戦隊に配置転換されてから数ヶ月とは思えない手綱さばきでディニスは上空へと飛び立った。
「どんなもんだ、鳩(エーレ)は?」
「僕は乗ってないからな。ただ、ああ見えても奴等は結構狂暴なんだぜ。ディニスが時々頭をつつかれて悲鳴を上げている」そう言って、ラドウィンは笑った。
「ところで、どう思う? 今度の戦は」
「戦にならんだろうな。だが、奴らを死なせる訳にはいかんだろう」
「……そうだよな」
 再びラドウィンを呼ぶ声が聞こえた。そこで、ヴィルヘルムは声を上げる。
「次は戦果を上げてくれよ、将軍」
「ええ、もちろん。モンテフェルトロ将軍によろしくお伝え下さい、ワグナーさん」
 そして、互いに背を向け歩き出す。
 それは、その話が終わりの合図だった。

 しばらくして、ヴィルヘルムは練兵場を振り返った。幾度と無く繰り返される、模擬戦闘。上空での戦いは、傭兵の自分とは無縁の戦場だった。
 騒々しかった戦鳩エーレの鳴き声は、城に向かう石畳を進むにつれ、だいぶ小さくなった。街路樹でさえずる小鳥の声を聞き、ふと、ヴィルヘルムはエーレについて気になっていた事を思い出した。
  「やっぱり豆って、奴らに有効なんだろうか?」
INTERMISSION 6 Fin

□最後まで読んでいただきありがとうございます。これは第6回のあとに書いた物で、第7回のアクションと同時にマスターに送った物の加筆修正版です。マスターに送ったときにはグループの仲間とマスターのみが読むため、説明が省かれている個所が多く、今回その辺りを追加いたしました。
□この時は戦鳩エーレを書きたかったのでした。エーレに限らずグリフォン等にも、もしかしたら立派な設定があるのかもしれないけど、どこにも触れられてないので勝手に設定です。ご了承下さいね。
□鳩の設定や練兵場などの単語がこれ以降リアクションに出てきていて、こっそり小躍りしていたりしたのは秘密です(笑) □INTERMISSION6なのは、第6回の後だからです。
ではでは ■■
BACK